愛人女優を「ズタズタにして処刑」した父親への金正恩の反感
北朝鮮国営の朝鮮中央通信によれば、金正恩党委員長は最近、金剛山(クムガンサン)観光地区を現地指導した。先日の本欄でも言及した通り、金正恩氏はここで韓国との経済協力として進められた過去の金剛山観光事業を批判しつつ、次のように述べている。
「容易く観光地を明け渡して何もせず利を得ようとした先任者らの間違った政策」
「政策的指導を担当した党中央委員会の当該部署が金剛山観光地区の敷地をむやみに明け渡し(後略)」
金剛山観光事業は2000年に、金正恩氏の父である故金正日総書記と金大中元韓国大統領との間で行われた史上初の南北首脳会談で合意された。「先任者」「党中央委員会の当該部署」という表現ではあるものの、金正日氏が進めた政策を否定したものといえる。北朝鮮の最高指導者が先代の政策を批判するのは稀だが、実は、まったく初めてのことでもない。
平壌で今年3月6、7の両日、朝鮮労働党の第2回党初級宣伝活動家大会が行われた。初級宣伝活動家とは、行政機関や工場など末端の職場単位で置かれた党組織で、思想教育やプロパガンダを担当する人々だ。
金正恩党委員長はこの大会に送った書簡の中で、次のように述べている。
「偉大性教育で重要なのは、首領は人民とかけ離れた存在ではなく、人民と生死苦楽をともにし、人民の幸福のために献身する、人民の領導者であるということを、深く認識させることです。もし、偉大性を強調するために、首領の革命活動と風貌を神秘化するならば、真実を隠してしまうことになります」
これは、金正日氏に対する「皮肉」以外の何ものでもない。金正日氏は、自らの父(正恩氏には祖父)である故金日成主席の神格化を主導し、体制の基盤を固めた。また、自分自身は容易に外部に姿をさらさず、謎めいた雰囲気を身にまとい続けていた。
金正恩氏が否定した「神秘化された首領」とは、金正日氏に他ならないのだ。
金正恩氏が一度ならず二度までも金正日氏を(遠回しにしながらも)公然と批判したからには、彼ら父子に関するある「説」を想起せずにはいられない。金正恩氏は昔から、父の「異常な女性遍歴」を忌み嫌っていたというのだ。
金正日氏は数え切れない女性と関係を持ったとされており、金正恩氏の母である高ヨンヒ氏もそのひとりだ。彼女は金正日氏から最も寵愛を受けた女性と言われているが、だからと言って、金正日氏の「女好き」がピタリと止まったわけではなかった。
また、金正日氏はかつて、愛人だった女優が別の男性との間でスキャンダルを起こすや、父である故金日成主席に自分との関係がバレるのを恐れ、文字通りズタズタにして公開処刑されたと言われる。北朝鮮の国内外で広く流布しているエピソードであるだけに、金正恩氏の耳にもきっと入っているはずだ。
(参考記事:機関銃でズタズタに…金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇)
公開処刑の残忍さにかけては、祖父や父と比べ勝るとも劣らない金正恩氏だが、現在のところ、父親のような女性関係での「やりたい放題」は聞こえてこない。むしろ、女性幹部らが目覚ましい活躍を見せているところが、金正恩政権の特徴のひとつでもある。
もしかしたら彼ら独裁者父子の間には、価値観の何らかの部分で決定的な断絶があるのかもしれない。