イギリスEU離脱でもたいして変わらない?
国民投票でイギリスのEUからの離脱が決まった“歴史的な”6月24日朝はロンドンにいました。地下鉄駅前や金融街シティなどでは投票日までEU残留を求めるステッカーが配られ、直前にリベラル派の女性下院議員が狂信的右翼に射殺されるという悲劇もあって、残留派の楽観論が支配的でしたが、イングランドの地方で離脱派が予想以上に強く、僅差でEUと袂を分かつことが決まったのです。
このニュースは世界じゅうに衝撃を与え、日本でも株価が暴落し、為替は大きく円高に振れました。まるで世界が崩壊するかのような騒ぎですが、イギリスがEU政府と協議を行ない正式に離脱するまで数年はかかる見込みです。EU加盟後もイギリスはポンドを使いつづけ、シュンゲン協定の適用除外でEU圏からでも出入国手続きが必要だったのですから、大半のイギリス人は昨日と今日でなんの変化も感じられないでしょう。フランスやドイツに比べ、イギリスは常にEUから距離を置いており、だからこそ気楽に「離脱」に票を入れられたのです。
24日の午後はブリュッセルに移動し、欧州委員会本部を覗いてみました。特徴的な建物の前にはテレビ局の中継車が何台か集まっていましたが、それ以外に変わった様子はなく、週末ということもあって午後5時を過ぎると職員たちが次々と帰宅していきました。多くは加盟国からの出向で、とりあえずは自分には関係ない、ということなのでしょう。
皮肉なのは、残留を求めていた各国の政治家やEU首脳らが、「イギリスとEUの良好な関係はこれからも変わらない」と繰り返していることです。人心を安定させるためでしょうが、これでは離脱派の主張が正しかったと認めるのと同じです。この原稿が掲載される頃には、「メディアは騒ぎすぎで、実はたいしたことない」という雰囲気になっていてもおかしくはありません(6月26日パリで執筆)。
日本では、「残留派=リベラル」「離脱派=ナショナリスト」と決めつけて、国民投票の結果をイギリスの右傾化の証拠とする論調が大半ですが、これではイギリス国民の半数が「馬鹿で間抜け」になってしまいます。イギリスでは残留派も、民主的な選挙による主権者の判断を受け止め、よりよい方向を目指す現実的な方策を論じていますから、善悪二元論による単純化はかなり違和感があります。
今回の国民投票にいたった理由は、イギリス国民が帝国主義の時代を懐かしむようになったからではなく、EUが自らの理想の実現に失敗したからです。ユーロ危機やギリシア危機では財政が一体化していない共通通貨の矛盾が露呈し、昨今のテロと移民問題では、人道と治安が両立できない現実が明らかになりました。欧州主要国のひとたちが巨額の財政負担金を払うのは馬鹿馬鹿しいと考えるようになったとしても、なんの不思議もないのです。
EUとはいわば「人道の旗を掲げるヨーロッパ帝国」で、イギリス国民はその「帝国主義」にNOを突きつけました。かつて多くの知識人が共産主義の理想に魅了されましたが、保守的な一般大衆はその非人間的で人工的な社会を毛嫌いしました。彼らは「愚か者」と嗤われましたが、どちらが正しかったかは歴史が証明していることを、私たちは忘れてはならないでしょう。
『週刊プレイボーイ』2016年7月4日発売号
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