量子力学を応用した新型メモリ、DRAMより速くフラッシュ並みの不揮発性
量子力学の井戸型ポテンシャルを超格子構造で実現、英国のスタートアップQuinas Technology社は、メモリの国際会議であるFlash Memory Summit 2023において、Most Innovative Flash Memory Startup部門で最優秀賞を受賞した。このメモリは英ランカスター大学のManas Hayne教授が発明したもので、同教授はQuinas社のCSO(Chief Scientific Officer)も兼務している。
このメモリは、DRAMよりもずっと速く、フラッシュメモリのような不揮発性を持つ。つまり、電源をオフにしてもメモリ内容を記憶する、という優れもの。いわば不揮発性のRAMとなる。データを出し入れする場合、ホットエレクトロンのような加速したエネルギーの高い電子を利用する訳ではないため、劣化する心配は少なく、RAM動作ができる。従来のフラッシュメモリは書き換え回数が限られている上に動作速度は遅い。DRAMはメモリが揮発するため、1と0のデータを絶えずリフレッシュしなければならず、しかも電源をオフにするとデータは消えてしまう。新型メモリは「良いとこどり」をしたようなもの。新型メモリをULTRARAM(ウルトララム)と呼んでいる。
ランカスター大学の発明したこのメモリをQuinas社が商用化する。両メモリの長所を量子力学で実現するメモリであるから、将来志向のメモリといえそうだ。メモリはデジタル社会では欠かせない半導体ICであり、事業化が成功すればビジネスとしても極めて面白くなりそうだ。賞の選考委員会の委員長であるJay Kramer氏は、「この技術はメモリICユーザーに競争力のある価値を授ける将来志向のメモリ構成だ」、と述べている。
Quinas社の社名は、量子力学(Quantum Mechanics)のQuと、カギとなる半導体InAs(インジウムひ素)をくっつけた造語である。Quinas社CEOのJames Ashforth-Pook氏は、ディープテックの起業家で、2nmプロセス以降から使われると言われている新型ロジックのGAA(Gate All Around)構造のトランジスタを発明したUnisantis社(フラッシュメモリを発明した舛岡富士雄氏が創業)にも参加していた。
これまでのDRAMは、1か0のデータを貯めるメモリセルを細長い円筒形に加工しており、エッチングやデポジション(ALDやCVD)の技術で何とか実現してきた。また、フラッシュメモリはセル部分を100層以上に積層するという工程を使い、これもアスペクト比の高い深いエッチングなどで電極形成するなどの複雑な技術で量産化してきた。いつまでもこの複雑な構造と加工技術に頼れるのだろうか。
ランカスター大学が発明した、今回の新型メモリは、量子井戸のとびとびのエネルギー準位と同レベルになった(共鳴した)時にはじめて量子効果であるトンネリングするという新しい原理で動作する。MOSFETのチャンネルと浮遊ゲートとの間に量子井戸を2つ作り、制御ゲート電極のバイアス電圧を変えることで、量子井戸内のエネルギー準位を合わせる(共鳴させる)ことができる。共鳴すると、トンネリングにより書き込んだり、消去したりする。データの保存期間は1000年と見積もっている。
シリコンをベースにした従来のMOSトランジスタの上にGaSb(ガリウムアンチモン)や、InAs(インジウムひ素)、AlSb(アルミニウムアンチモン)などの化合物半導体層を薄く重ねていく。量子井戸の部分はInAsで、井戸を構成するバリヤ層をAlSbで作る。化合物半導体とシリコンが融合したメモリである。
詳細は半導体専門家向けのウェブサイト「セミコンポータル」で紹介しているので、技術の詳細を知りたい方はそちらを参照していただきたい。