国による事実上の記者「出国禁止」措置 許されない安田純平さんへの旅券発給拒否
国際報道に携わる者とって由々しき事態だ。東京在住のジャーナリスト・安田純平さんが政府に旅券の発給を拒否されているのだ。
安田さんは信濃毎日新聞を退社して2003年からイラクやシリアなどの紛争地を取材してきたベテランだ。2015年6月にシリアの内戦を取材するためにトルコから越境したところで武装勢力に拉致され、3年4カ月間も幽閉された。2018年10月にトルコ経由で無事に帰国したことは大きく報じられた。
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安田さんは、2019年の1月に家族と海外旅行に行くために旅券発給を申請したのだが、さんざん待たされた揚げ句、7月になって発給を拒否されてしまう。
外務省は「トルコから5年間の入国禁止措置を受けている」と発給拒否の理由を説明したが、根拠として持ち出したのが旅券法13条1項1号だ。そこには「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」には旅券発給を拒否できると定められている。
だが、トルコ政府からそんな通知は受けていないと安田さんは言う。しかも政府は、トルコだけでなく、お隣の韓国などあらゆる外国に出る道を断ってしまった。事実上の出国禁止措置だ。国際報道に携わるジャーナリストにとって、海外渡航を封じられるのは職業を奪われるに等しい。
■政権に従順でないジャーナリストへの「懲罰」か
なぜ、政府は旅券を出さないのか? 安田さんはこう考えている。
「外務省が退避勧告した地域を取材する者には旅券を出さないこともある、という見せしめだと思います。ジャーナリストの紛争地取材を制限するために、私の拘束事件を利用しようとしているのではないでしょうか」
国境を越える移動・旅行の自由は憲法で保障された国民の権利だ。22条は次のように定める。
「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」。
外務省の措置は権利侵害である。それだけでなく、政権に従順でないジャーナリストを標的にした懲罰のようにも映る。2020年1月、安田さんは旅券発給拒否の取り消しなどを求めて東京地裁に提訴した。
「政府が気に入らない者を出国禁止できるようなれば、仮に将来自衛隊が紛争地に派遣されることになった時、取材させたくない人間を選別できるようになりかねません」
と安田さんは言う。
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■ 5回も人質? デマとフェイク情報が拡散
もう一つ安田さんを悩ませているのは、「シリアで解放された時に政府は密かに身代金を払った」「イラクなどで5回も人質になっている」などのフェイク情報の拡散だ。
身代金の支払いについては、当時の安倍政権も否定している上、どこにもまったく根拠を探せない怪情報に過ぎない。
「5回も人質」もデマだ。2004年に安田さんがイラク取材中に武装勢力に一時拘束されたのは事実だが、ジャーナリストを装ったスパイではないかと疑われたもので、疑いが晴れて間もなく解放されている。イラクの軍と警察に一時拘束されたのも同様の理由だが、調べを受けて2~3時間で放免されている。職務質問程度のもので「人質」ではない。
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紛争地や強権国家での取材では、政権や支配勢力による一時的な拘束や取り調べは当たり前のようににある。例えば中国。マスメディアの特派員でも一時的に拘束されるような経験は誰でもしているはずだ。私も中国と北朝鮮で合わせて十数回一時拘束され取り調べを受けたことがある。2月26日にはミャンマー在住の日本人ジャーナリストの北角裕樹さんが取材中に警察に拘束されている。この程度のことで非難されるのであれば、新聞、テレビの記者、フリーランスジャーナリストも、紛争地や強権国家の取材はできなくなってしまう。
どこで、何をテーマに取材をするのかは報道機関とジャーナリストが決めることであって、政府が統制することではない。安田さんに対する旅券発給拒否は、報道、取材の自由に対する介入であり、マスメディアにとっても他人事ではいられないはずなのだが、きわめて反応が鈍い。
菅政権は、今からでも旅券発給拒否を撤回すべきた。連帯の声を上げていきたい。
※安田さんが国を訴えた「旅券発給拒否」訴訟の第5回口頭弁論は、4月13日午前10時30分から東京地裁703号法廷で行われる。