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習近平が反スパイ法を改正した理由その1 NED(全米民主主義基金)の潜伏活動に対抗するため

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 中国では改正反スパイ法が施行された。背景には「各国の民主化を支援する」NED(全米民主主義基金)の活躍がある。7月1日を選んだのは中国共産党の建党記念日であると同時に、NEDの根城となっていた香港の返還記念日でもあるからだ。

◆習近平が反スパイ法に力を注ぐのは中国におけるNEDの活躍に対抗するため

 今年4月26日、第十四期全国人民代表大会第二次会議で「改正反スパイ法(新修訂反間諜法)」が可決され、7月1日から実施されることが決議された。

 同時に<中華人民共和国主席令(第四号)>が4月26日付けで習近平国家主席の名において発布された。

 習近平政権になったあとの2014年に反スパイ法が発布されているのに、なぜ今回また、改正する必要があったのか。

 2023年の改正反スパイ法と2014年の反スパイ法との違いから、その背景に何があるのかを読み解いてみたい。

 まず注目されるのは2023年版の第二条に以下の文言があることだ。

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 第二条 反スパイ活動は党中央の集中的な統一指導を堅持し、総体的国家安全観を堅持し、公開活動と秘密活動を結び付け専門的業務と大衆路線を結合させることを堅持し、積極的防衛と法に従った処罰および現象と根本原因の同時是正を堅持し、以て国家安全の人民防衛線を構築する。

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 この太字で示した部分が、2014年版の第二条にはなかった部分で、今般新たに加筆された文言だ。

 では、新たに加わった言葉の一つである「国家安全観」とは何なのか。

 実は2022年1月25日に開催された中央アジア5ヵ国と中国との国交樹立30周年サミットで、習近平は以下のように話している。

 ―― 過去 30 年にわたり、われわれは喜びも悲しみも共にし、安全と危機を分かち合ってきた。共通して、包括的で協力的な、持続的「新安全観」を積極的にに実践し、手を携えて「三つの勢力」と国境を越えた組織犯罪、麻薬密売を打撃すべく共に闘ってきたし、外部からの干渉と「カラー革命」の扇動に断固として反対し、共通の安全上の利益と地域の和平安定を効果的に維持してきた。(引用以上)

 ここにある「三つの勢力」とは2001年に上海協力機構を設立したときに定められた「テロ、分離主義、過激主義」を指している。

 太字で示した【外部からの干渉と「カラー革命」の扇動】こそは、アメリカがネオコン(新保守主義)の主導下で1983年に設立したNED(全米民主主義基金)の暗躍のことを指す。

 NEDは1983年に「他国の民主化を支援する」目的で設立された。

 実態は、創設者の一人が言ったように「第二のCIA」だ。

 親米的ではない他国の政権を転覆させるために、その国の市民に呼び掛けて、市民活動を支援する形で「民主化デモ」を煽る。NEDは民間の非営利組織と喧伝しているが、財政の資源はほとんど全てアメリカ政府が出している。そのために会計報告を公開しなければならない。したがって、NEDのウェブサイトをたどれば、NEDがどの国のいかなる民主化デモをどのような形で支援し、デモを強大化させるために、いくら支払ったかということが明確にわかるのである。

 それを炙(あぶ)りだしたのが本日出版された『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』だ。【第六章 三、戦後アメリカが仕掛けてきたカラー革命と「第二のCIA」NEDの実態】で膨大な資料をリストアップして、NEDが仕掛けてきた政府転覆運動とそれに続く紛争の実態を図表6-4や図表6-8に示した。

 旧ソ連もその後誕生したロシアも、中央アジア諸国も中国も、みなNEDにやられている。

 当該書の第二章に書いた中東和解外交雪崩現象が起きているのも、中東におけるカラー革命である「アラブの春」に中東諸国が、嫌気がさしたからだ。アメリカは政府転覆と破壊と紛争を招く。なぜならネオコンはアメリカの戦争ビジネスと連携しているので、NEDの嵐に襲われたあとは、必ずと言っていいほど戦争が始まるからである。

 ウクライナがそのいい例で、2004年にNEDはオレンジ革命を仕掛けて、大統領選で当選した親ロシア派のヤヌコーヴィチ野党党首の当選を無効にさせたが、2010年にヤヌコーヴィチが又もや大統領に当選したので、何としても親ロシア派の政権を転覆させようと2014年にマイダン革命を仕掛けた。中心になったのは当時のバイデン副大統領とネオコンの中心にいた当時のヌーランド国務次官補だ。

 NEDはいま、その力を集中的に台湾に向けている。

 台湾では2003年にNEDの支部である「台湾民主基金会」が設立されている。

 下に示すのは2019年12月10日に台湾で開催された「アジア民主人権賞授賞式」で「中華民国」台湾の蔡英文総統がNEDのガーシュマン会長に賞を授与するときの写真である。中華民国総統府のホームページに載っていた。拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』のp.260にその時の他の写真も転載してある。

NEDのガーシュマン会長と蔡英文総統

『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』p.260より(出典:中華民国総統府ホームページ)
『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』p.260より(出典:中華民国総統府ホームページ)

 来年1月には台湾で総統選挙がある。

 それまでに台湾では民主派勢力を支援するためにNEDが大活躍をするだろう。

 それを抑えるために反スパイ法の改正を行ったというのが、目的の一つだ。

◆7月1日は香港中国返還記念日

 7月1日は中国共産党の建党記念日だ。だから2023年版改正スパイ法の第二条に「反スパイ活動は党中央の集中的な統一指導を堅持し」と、「集中的」という文言が加わった。これは「西洋的民主主義」よりも「中国共産党による中国式民主」の方が優れているので、「中国による共産主義」の方に「集中」しなければならないことを意味する。

 第二条には「現象と根本原因の同時是正を堅持し、以て国家安全の人民防衛線を構築する」という文言もある。この「人民防衛線」「NEDによって扇動されている民主化デモを防止する」ということを意味する。

 そのため、7月1日という、香港の中国への返還日を選び、香港を拠点として活躍してきたNEDが再活躍できないようにしようというのが、もう一つの目的である。

 7月1日、香港特別行政区設立26周年記念レセプションで李家超行政長官は以下のように述べている

 ――私は香港に全幅の信頼を置いているが、同時に平時には危険に備えなければならない。香港は全体的には安定しているものの、一部の国が我が国の平和的発展に対して誤った判断をし、何としても意図的にそれ(=平和的発展)を打破し、香港内部にソフトパワーによって対抗する破壊力を潜伏させている。したがってわれわれは警戒心を高め、自発的に国家安全を維持し、全面的に「一国二制度」の方針を正確に貫徹しなければならない。(引用以上)

 これこそはNEDの暗躍のことを指しており、NEDは1994年から香港に潜入し、2018年までに1000万ドル以上の民主化運動に対する資金援助をしている(『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の図表6-8参照)。

 下に示すのは、2014年の雨傘運動のときの民主化デモの精神的指導者・李柱銘氏とアンソン・チャン氏(香港政府の元政務司司長)がワシントンで開催されたNEDのトークショウで、NEDの地域理事長と歓談する場面である。

左から李柱銘、アンソン・チャン、NEDの地域理事長ルイサ・グレーブ

『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』p.246より(出典:Land Destroyer)
『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』p.246より(出典:Land Destroyer)

 いま中国はアメリカのNEDと闘っている。

 戦後、アメリカのGHQによって日本の精神構造を解体され、その後はCIAによってひたすら洗脳され続けてきた日本人には見えない現実が、対露制裁をしていない全人類「85%」の間で進行している。

 では、日本はどうすればいいのかに関しては、習近平が反スパイ法を改正しなければならない、もう一つの国内事情を分析する際に考察したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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