軽減税率は「信者」のためのもの?
2017年4月に消費税率を10%に引き上げるにあたって、軽減税率の議論が紛糾しています。財務省が提示したのはマイナンバーで購入履歴を記録し、ネット上で還付金を申請するというそれなりに斬新なアイデアでしたが、これをいちどは受け入れた公明党が支持母体である創価学会の反発で態度を翻し、酒類を除く飲食料品の税率を8%に据え置くよう求めたからです。
これを受けてメディアでは、軽減税率の対象やインボイス(税額票)の功罪など、さまざまな解説がなされていますが、どことなく脱力感が漂うのは肝心なことを避けているからでしょう。
EU諸国など高率の消費税を課している国の多くで軽減税率が導入されていますが、政策を評価した経済学者らの結論は、「こんなバカなこと、やらなきゃよかった」です。消費税の欠陥として貧しいひとの実質税率が高くなる逆進性が指摘されますが、単純な軽減税率では高級食材を買う富裕層の利益の方が大きくなります。こうしたムダを避けるなら、すべての商取引に一律課税し、生活保護世帯や母子家庭など、家計が苦しいひとたちに一定額を給付した方がずっと効果的です。
このシンプルな方法なら、消費税率の差を利用した益税は発生しません。税の原則は「公平・中立・簡素」なのですから、どちらが優れているかは考えるまでもないでしょう。
軽減税率の問題は、どの商品を対象にするかの線引きがやっかいなことです。与党協議では、「生鮮食料品」でマグロなどの刺身は軽減の対象だが、刺身の盛り合わせは加工品だから対象外、との議論が出たそうです。こういうバカバカしいことをすべての食品に対して行なう社会的コストを考えれば、「やらなきゃよかった」と後悔するのも当然です。
軽減税率の導入を強硬に主張する公明党は「このままでは支持者が納得しない」といいますが、国民にものの道理を懇切丁寧に説明し、納得してもらうのが政治家の務めのはずです。それをあっさり放棄して不合理な制度をごり押しするのでは、なにを目的に日本の政治に関与しているのか疑問です。
そもそも消費税を増税せざるを得なくなったのは、歴代の自民党政権がばらまきを繰り返し、国の借金が1000兆円を超えてにっちもさっちもいかなくなったからです。それなのに消費税率を軽減しては、財政再建は遠のくばかりです。
日本の財政が持続可能になるためには、消費税率は欧州並みの20%超まで上げなければならないということで、専門家の意見はほぼ一致しています。10%で軽減税率を導入すれば、将来の税率引き上げのたびに「対象を拡大しろ」との大騒ぎが繰り返されるのは目に見えています。
もっとも、ここで正しい選択ができるようなら、GDP比の2.5倍に達する世界最悪の政府債務を積み上げるような愚行もなかったはずです。国民は自分と同程度の政治家しか選べないのですから、私たちはこれからも愚かしいポピュリズムとつき合っていくほかないのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2015年11月1日発売号
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