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消費税増税と2020年の日本

橘玲作家

近所の店にご飯を食べに行くと、顔馴染みの店主から「消費税、どうすればいいんですかねえ」と相談されました。来年4月から消費税が8%に引き上げられることが決まりましたが、それに合わせて680円の定食を700円に値上げできるかどうか悩んでいるのです。ライバル店との競争を考えれば値段は据え置くべきかもしれませんが、そうすると増税分の20円分を取りっぱぐれてしまいます。政府は気軽に「定価に上乗せしろ」といいますが、現場はそう簡単にはいかないのです。

税金が上がると、そのコストは誰かが負担しなければなりません。3%分がすべて価格に転嫁されると、当然、その分だけ生活費を圧迫します。これもさまざまな試算が出ていますが、家賃や教育費などもともと非課税のものもあるので、年収300万円の若者なら課税対象200万円として年間6万円、年収500万円で妻と子どもを養っているサラリーマンなら課税対象300万円として年間9~10万円の負担増になりそうです。6万円というとデート6回(あるいは300円の牛丼200杯)分に相当しますから、生活にかなりの影響があることは間違いありません。

さらに問題なのは、消費税の引き上げが今回かぎりではなさそうなことです。

増税が必要なのは、誰もが知っているように、高齢化によって今後、年金や健康保険、介護保険の支出が爆発的に増えていくからです。15年10月には消費税率10%への再引き上げが予定されていますが、現行の制度を維持するにはそれでもまったく足りず、最終的には消費税率は北欧と同じく25%まで上がるだろうと財政の専門家はいいます。将来の人口動態は正確に予測できますから、暗鬱な運命もいまからはっきり見えてしまうのです。

仮に収入が変わらず消費税率が25%になれば、年収300万円の若者で年40万円、年収500万円のサラリーマンで年60万円の負担増です。これでは生活が崩壊してしまいますから、民主的な政府はとてもこんなことを実行できません。唯一の希望は経済成長で、景気がよくなって収入も税収も増えれば、無理な増税をせずに高齢化社会を乗り切ることができるかもしれません。安倍政権が「経済成長以外に道はない」というのは、その意味では正しいのです。

とはいえこちらも経済学者によるさまざまな試算があり、安定したインフレ率のもとで高度成長期並みの好景気がやってこないと、1000兆円の借金を抱えながら、国の税収が一般会計歳出の半分も賄えないという異常な事態を改善することは難しそうです。この話題はいまだに専門家の論争(というか罵り合い)が続いているので深入りはしませんが、いずれにせよあと1年半で日銀の異次元緩和の結果が出るというのですから、それを待つほかありません。

東京オリンピックが開催される2020年は、団塊の世代が70代を迎えて本格的に医療・介護保険を使うようになる年でもあります。64年のオリンピックのときは、彼らはまだ10代でした。

今回の消費税増税を機に、日本の社会は来るべき超高齢化社会に向けて大きく変わりはじめるでしょう。次のオリンピックもひとびとに夢をもたらすものになることを願うばかりです。

『週刊プレイボーイ』2013年10月7日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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