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中国半導体産業の現在地 日本の対中輸出規制が始まった先端半導体製造装置

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国の半導体産業(写真:ロイター/アフロ)

 7月23日、日本の先端半導体製造装置の対中輸出規制が始まった。アメリカとしては中国の最も弱い部分を絞めつけて、中国半導体産業の息の根を止めるのが目的だ。それによって中国経済を潰す。かつて日本の半導体もアメリカを凌駕したために沈没させられてしまったが、中国の場合はどうなるのか?主として今般の制裁対象となる半導体製造装置を中心に中国半導体産業の現在地を考察する。

◆「中国製造2025」発表の苦い経験から習近平政権は真相を発表しなくなった

 2015年に習近平政権は中国のハイテク国家戦略「中国製造2025」を発表し、ファーウエイなどが世界を席巻する状況を創り上げた(詳細は『「中国製造2025」の衝撃』)。しかし、そのことがアメリカに強烈な警戒心を抱かせ、アメリカは次から次へと中国の半導体産業への制裁を打ち出して、中国の半導体産業が立ち直れないようにしたのは記憶に新しい(詳細は『米中貿易戦争の裏側』)。

 日本が天安門事件後の対中経済制裁に対して、「中国を孤立させてはならない」として鄧小平を応援し、制裁を解除してきたことは、これまで何度も書いてきた。それがこんにちの中国の経済繁栄をもたらしたことを疑う人はもういないだろう。

 しかし、このとき実はアメリカもまた「ひそかに中国を支援した」ことを知る人は少ないかもしれない。このことは『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』の【第五章 台湾問題の真相と台湾民意】の【一、「一つの中国」原則はアメリカが進め、経済大国中国は日本が創った】で詳述した。

 このときアメリカは、「中国はアメリカの下請け業務」という分担をすればいいと位置付けていた。アメリカの製造業の手間暇かかるプロセスは全て中国に持って行き、安価な密集型労働力でブルーカラーを使って、アメリカ企業は儲けだけを頂く。この方針によって中国は世界の工場と化し、中国は世界の加工生産国家となりはててしまったのである。

 しかしこのままでは中国は発展途上国のままで終わると方針転換をしたのが冒頭に述べた「中国製造2025」だ。このときに習近平政権はニューノーマル(新常態)政策を提唱し、GDPの「量的成長から質的成長」への大転換を断行した。

 これにより中国のGDPの量的成長は抑えられ、質的に成長させる(=研究開発を重視する)方向へと転換した。外界から見れば「中国の経済発展が鈍化したので、中国経済はまもなく滅びる」と映り、中国崩壊論者を大いに喜ばせた。

 ところが7月22日のコラム<習近平の行動哲理【兵不血刃】(刃に血塗らずして勝つ) 狙うは多極化と非米陣営経済圏構築>にも書いたように、習近平はアメリカからの制裁を増やさないように「中国半導体産業の成果と展望」を外部に漏らさずに(=アメリカと戦火を交えないようにしながら=制裁をこれ以上増やさないようにしながら)、実は着々と中国半導体産業の弱点を補うべく、「ひそかに」邁進していたのである。

 なんとしても「制裁外交」で世界を一極支配するアメリカと切り離した経済圏(非米陣営経済圏)を構築しようと、半導体産業においても戦略を練っている。

◆露光装置に関する中国の実態

 中国が最も弱いのは、半導体製造装置の中でもリソグラフィ技術を中心とした露光装置に関してだ。

 半導体は小さなチップに非常に細かい配線が描かれており、その配線パターンを「光照射」によって作ることを露光プロセスと呼ぶ。光照射によって変化する材料(レジスト)の膜をウェハー上に作った状態で露光した後、光が当たった部分のレジストを除去することでパターンが形成される。これが露光プロセスの基本だ。

 7月23日から実行された日本の対中輸出規制も、まさに露光装置を中心としたものである。中国語では「光刻机(機)」と訳されており、「光刻机」に関する民間の解説は溢れるようにある。中国政府は、その発表を阻止することはしていないので、「民間の解釈」は適切なことを言っているものと解釈される。

 これに関しては、あまりに多くの解説があるので、どれをご紹介すればいいか迷うが、たとえば今年5月19日の<露光装置国産化プロセスと関連上場企業>や、4月24日に公開された<露光装置の各段階における国産化情況>などが比較的わかりやすく、現状を忠実に表現しているように思われる。

 中には威勢よく、しかし相当に正確に現状を早口で喋りまくる「大劉」という名の若い解説者もいて、それは7月8日に<ASMLのハイエンド製品は中国大陸と「絶縁」されたが、中国の国産の露光装置はどこまで頑張っているか?>というタイトルの動画として発表されている。この動画の喋り方の勢いを見ると、「中国がいかに怒っているか」というのが伝わってくるので、一見に値するだろう。

 ここで言うASMLはオランダの半導体製造装置メーカーで、半導体露光装置(フォト・リソグラフィ装置)を販売する世界最大の会社だ。世界の主な半導体メーカーの80%以上がASMLの顧客で、中国への輸出は15%を占めており、本来中国とASMLの仲は非常に良かった。しかしアメリカが対中制裁を「アメリカの友好国」にも呼び掛けたため、ASMLは非常に不本意ながらアメリカに同調せざるを得ない立場に追い込まれている。

 こういった背景を理解しながら、中国の現在地を考察すると、おおむね以下のようになる。

1.ASMLと中国との関係

 日本半導体製造装置協会の2019年のデータによると、中国本土の半導体売上高は1,432億4,000万米ドルで、世界市場の34.7%を占め、世界第1位だった。そこでASMLは収益を上げ続けるため、2020年に江蘇省無錫市の高新区(ハイテクパーク)に定住しビジネス拠点を設立した。オランダ政府による輸出禁止を回避するために、ASMLは世界で唯一の独特のDUV(深紫外線)露光装置を中国本土に投入する計画を立てていた。しかし2023年6月、オランダ政府は9月1日からアメリカに指示された輸出管理法を実行することに決めた。

 そこで、ASMLは、規制する製品はすべての露光装置を対象とするのではなく、少数のハイエンド製品であるDUVおよびEUV(極端紫外線)露光装置に限定し、中国専用バージョンを中国で発売できる可能性を残している。ASMLもまた、他人の販路をブロックしている国(アメリカ)の被害者なのだと中国は憤っている。

2.光源に関して

 光源から見たとき、波長ごとに(世代順に)g線(1970年代や80年代に使われた波長の長いタイプ)、i線(90年代に使われた波長のやや短いタイプ)、KrF(90年代後半に使われたクリプトン・フッ素によるレーザー光線)、ArF(フッ化アルゴンによるレーザー光線)およびEUVの5世代があるが、中国は4代目半のArFiに相当した光源を開発することに成功しており、中国科学院・長春光機所とハルビン工業大学が12wのDDP-EUVの開発に成功している。このArFiの「i」は「immersion(浸潤)」の意味である。

3.対物レンズに関して

 露光装置の構成要素の中には光学系が大きな要素の一つとなっているが、ASMLは対物レンズに関してはドイツのツァイス社のレンズを独占的に使っている。日本の(ASMLに比べれば)小規模露光装置メーカーであるキヤノンやニコンは自社レンズを持っているので光学メーカーとして有利だ。中国の場合は現在「長春奥普光電技術股分有限公司」が90nm(ナノメーター、ナノ)を開発し、「長春光機所」が32nmのEUVレンズを開発している。ツァイス社とは、まだかなりの差がある。

4.デュアル・ウェハー・ステージ・システムに関して

 デュアル・ウェハー・ステージ・システムとは「1台の露光装置内に、同時に2つのウェハーを扱う、露光と計測を同時に行うシステム」のことである。中国語では「双工台」と書く。これに関しては清華大学と北京華卓精科科技股份有限公司(華卓精科)が10nm(移動精度)を実現することに成功している。ちなみにASMLは2nmまで行っている。

5.液浸露光システムに関して

 波長の短い光源を使ったシステムを追求した結果、たどり着いたのが「ArF液浸露光」と「EUV露光」だが、「ArF液浸露光」は光源として波長193nmの「ArF光源」を用いる。この技術を用いることで10ナノ世代の加工精度でパターンを形成できる。

 中国ではこれに関して「浙江啓爾機電」が「ArFi液浸露光」の実現に成功している。ASMLでは、その先を行く「EUV露光」に移っているが、中国では、「半導体製造装置国産化黎明期の最後の一瞬が来た」とみなしている。「夜明けは近い」と期待しているのだ。

◆伝統的な半導体やパワー半導体で勝負する中国

 アメリカがハイエンド製品に対する対中制裁を強化するなら、中国はもっと線幅の大きな伝統的な半導体製造ラインに切り替えようという動きもあり、特にパワー半導体(電源電力の制御や供給を行う半導体)に力を入れる戦略を実行している。

 パワー半導体に関しては、たとえば<中国銀河証券研究院の報告書>に書いてあるように、2020年の中国におけるIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor=絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ=パワー半導体デバイスの一種)の自給率は20%で、2024年では40%に達すると予測されている。

 宇宙開発においてもアメリカを抜いており、アメリカの制裁外交が効を奏する期間には「賞味期限」があり、油断はしない方がいいのではないだろうか?

 アメリカには中国が半導体製造装置を含めて国産化できるようになるまでに時間を稼ぎ、米側陣営の技術力をその間にさらに高める目算があるだろうが、中国はアメリカの「制裁外交」を嫌う人類85%を占める「非米陣営」を相手に、「制裁されたがゆえに可能となる非米陣営経済圏」の構築を成し遂げないとも限らない。

 つまり、アメリカの「制裁外交」が裏目に出るということだ。

 どちらに正義があるか、どちらに付いている方が将来的に有利かを世界が見ていることに、日本も留意した方がいいかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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