餓死する人が出た社会。UK編
今年の初め、「英国人から見れば、日本が平気で餓死者を出す社会であることは、『ひゃー、何それ(Fucking hell!)』な世界びっくりニュースだ」とブログに書いた。が、この文章を全面的に撤回させていただきたい。英国にも、昨年7月に生活保護を打ち切られて自宅で遺体で発見された人がいたことが明らかになった。
ガーディアン紙電子版が8月3日付けの「誰も無一文で、たった一人で死ぬべきではありません:福祉制裁の被害者たち」という記事でこの男性のことを書いている。同記事によれば、昨年の7月20日にハートフォードシャー州スティーヴニッジのフラットの一室で、デヴィッド・クラプソンという59歳の男性の遺体が発見された。死の直接の原因はインスリンの絶対的欠乏による糖尿病性ケトアシドーシスとされているが、電気を止められていたため、冷蔵庫に保管していたインスリン注射は効用を失っており、解剖の結果、胃には何も入っていなかったことがわかった。フラットの中にあった食料は、ティーバッグが6つと、期限切れのサーディーン缶とトマトスープ缶が一つずつ。プリペイド式の携帯には5ペンスしか残っておらず、銀行口座の預金残高は3ポンド44ペンス(約600円)だった。
この男性は軍隊やブリティッシュ・テレコムなどで計29年間勤務した後、認知症にかかった母親の介護のため仕事をやめた。しかし、3年前に母親が他界してからは積極的に仕事を探していたそうで、職安に斡旋されたワーク・エクスペリエンス・スキーム(無職者を社会復帰させるプログラム。無職者に民間企業で無賃金で働かせ、経験を身に着けさせる)にも2度参加し、フォークリフトの免許を取るコースにも通った。
しかし、昨年5月、職安とのアポに現れないことが2度あったので、7月2日の支払いを最後に(注:英国では生活保護は週払い)、生活保護を打ち切られる。その6日後、彼の口座の残金は3ポンド44ペンスになった(最低引き出し可能額の5ポンドを下回るため、それ以降は現金を引き出せなかった)。それから2週間後、彼は自宅で死亡した。遺体のそばには履歴書の束があったそうだ。
彼の妹は、最後に兄と電話で話した時(死亡推定日の数日前)、「スーパーの求人に応募した。先方からの報せを待っている」と話していたという。他人に頼れない性格で、生活保護を打ち切られたことは全く言ってなかったらしい。「知っていたら食料を持って行ったのに」と妹は嘆く。
ガーディアン紙の記事によれば、2013年に英国で生活保護を打ち切られた人の数は約87万1千人。最低で4週間、最長で3年までの「ベネフィット・サンクション(生活保護打ち切りの制裁)」を受けたという。この制裁は、職安が「本気で仕事を探す姿勢が見られない」と判断した人物に下される。制裁を受けて本気で困窮する人には、「緊急ハードシップ手当」として一時金が支払われる制度がある。が、労働年金省が発表したオークリー報告書によれば、生活保護打ち切りの制裁をうけた人々のうち、緊急手当の制度について職安で聞かされていたのはわずか23%。亡くなった男性の自宅には、役所から緊急手当を案内する手紙が届いていたが、男性は封を開けていなかったという。「兄のような立場にある人は、役所から手紙が届くと、何か悪い報せだと思うので見たくないのです」と彼の妹は語っている。
生活保護打ち切りの制裁措置の最短期間が1週間から4週間に変更されたのは2012年10月のことだ。受給金は週払いなので、4週間打ち切られることになれば、貯金ゼロの人は最初の1週間しか生活できないことになる。こうした制裁は、生活保護受給者を社会復帰させる要因にはなっていないと慈善団体は指摘する。「何で腹を満たすか、何処で雨風をしのぐかとことに必死で、職探しどころではありません」とホームレス支援団体Crisisの代表は言う。
職安のミステイクで生活保護が打ち切られる場合もあるそうで(役所の事務ミスの多い英国ではいかにもありそうな話だ)、リタ(30歳)は、彼らが斡旋した仕事の面接に行っていたために職安のアポ時間に行けなかったのに、いきなり予告なしに生活保護の支払いを止められたことがあるという。「何も食べていないと家族や友人に打ち明けるのは辛かった。大卒の私がどうしてこんなことになっているのかって…」とリタは言う。健常な人でさえそうなのである。ましてや亡くなった男性のように持病を抱えていればどうなるかは容易に想像できる。
労働年金省の職員にも、生活保護打ち切り政策に疑問を感じている人々は多い。労働組合が5月に行った調査によれば、労働年金省に勤めている組合員の70%が「生活保護の打ち切りは、生活保護受給者を社会復帰させる方策として機能していない」と答えている。
その一方で、労働年金省をやめた職員たちが、jobseekersanctionadvice.comというサイトを立ち上げ、生活保護を打ち切られた人々へのアドバイスを行っている。サイト創設者の一人である54歳の匿名希望の女性は、労働年金省の方針に我慢できなくなって職場を去ったそうだ。
ガーディアン紙によれば、先週の月曜日に同サイトに寄せられたメールは200通で、その殆どは生活保護を打ち切られた人々からの相談だったが、サイトを手伝いたいというメールが6通あり、労働年金省の職員からのヴォランティアのオファーが2通あったという。
「私は優秀な職員として表彰されたこともある労働年金省のスタッフでした。でも、今回の生活保護打ち切り政策だけは間違っていると思います。被害を被るのは、最も弱い人々です。最も弱い立場の人々が簡単に制裁を下せるターゲットになっています。彼らは反論もできないし、ルールを理解することもできないからです」と同サイトの創設者は話している。
ガザ地区の死人や、エボラ熱での死人の数がメディアのヘッドラインを飾る時代に、わたしが住む貧民街のストリートにも死にかけている人がいるのかもしれない。それはわたしにとっては何よりも切実なニュースである。
「ゆりかごから墓場まで」と謳われた国は、働かない人間を墓場に送る国になった。
デヴィッド・キャメロン首相は、ゼロ年代のアンダークラスの台頭や下層社会でのモラルの低下を「ブロークン・ブリテン」と呼び、荒れた社会の修復を約束して政権に就いた。
だが、本当にブリテンが壊れ始めているのは今だ。