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ハラール肉と排外ヒステリア

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

英国のピザ・エクスプレスというチェーンレストランが、ハラールと呼ばれるイスラム教の流儀で処理した鶏肉を使用していたことがわかり、大きな物議を醸している。

このハラール肉というのは、イスラム教で厳格に定められた屠畜、解体などの方法で処理された肉のことであり、最近ではスーパーなどでもふつうに販売されているが、ピザ・エクスプレスはメニューにハラール・チキンを使用していることを明記していないため、イスラム教徒以外の人々も知らずにそれを食べていたことが判明してスキャンダルになったのだ。

ピザ・エクスプレスの客が何も知らずにハラール・チキンを食べていたというのは、つまりこういうことである。彼らが食べていたチキンは喉を斬られて血抜きされた鶏のものであったということ。そしてその鶏には殺された時にイスラム教の祈祷が捧げられていたということ。

これが英国民の間でヒステリックなまでのリアクションを生み出しており、何が大騒ぎの原因かというと、それは3つに分類できる。

まず1つ目は宗教的な理由。これはまあ理解できる。イスラム教以外の一神教の宗教の信者が、他の宗教の教義に従って処理されたものを口に入れることは気が引けるということはあるだろう。が、感触として、こういう理由で本気で怒っている信仰深い英国人は今どきまずいない。

そして、2つ目。大きくクローズアップされているのが、動物愛護の見地からの非難である。つまり、ふつうに殺されている鶏よりも、ハラール処理で殺されている鶏のほうが、残酷な方法で殺されているというのである。しかし、ガーディアン紙によれば、ハラール・チキンとふつうのチキンの屠畜法にはほとんど差はないのだという。というのも、イスラムの教えでは鶏は生きた状態で喉を切断されなければならないので「野蛮」と言われるが、英国ではハラール肉になる家畜の88%が殺される前に麻痺状態にされているという。

一方、一般的なチキンの方は、鶏を逆さに吊り下げてベルトコンベアで順番に電気ショックを与え、気絶させてから首を斬るか、または巨大なガス室で殺しているという。そうなってくると、一般的な屠畜法の方が「優しい殺し方」とは言えない。

動物を愛する人々にとっては「殺される時に意識があったかどうか」が重要ポイントになるだろうが、その点を消費者にきちんと知らせろというのであれば、レストランのメニューや食肉店に「こちらの肉になった動物は無意識のうちに殺されました」というレーベリングが必要なのであって、ハラール肉を表示しろという問題とはまた別物になってくる。

そして3つ目。これが一番根深い。それは宗教や動物愛護とは何ら関係のない国民的パニックである。つまり、「知らないうちにムスリムがこんなところにまで・・・」という心情的な怖れである。右傾化が著しい英国にはいくつかの極右政党が存在するが、その一つである英国国民党は、ハラールは「石打ちや首斬りを行う恐ろしい野蛮な文化の慣習」であり、「我々の伝統や慣習を蝕む」と表現している。

ムスリムは現在英国の全人口の5%弱であり、英国で消費されている食肉の12%から15%がハラール肉だという。が、これがバーミンガムのようなムスリム人口の高い地域に行けば男児につけられる最もポピュラーな名前のリストに「ムハマド」が入っているし、同地域では2050年までにはムスリム人口が英国人の数を抜くと言われている。徐々に国内で拡大して行くムスリムの存在感が「国を乗っ取られるかも」という不安に繋がっているのは間違いない。

イスラモフォビア。という言葉もある通り、ムスリムに対する嫌悪感を持つ英国人は少なくない。ガーディアン紙は、「ムスリム」が「生活保護受給者」と同じように英国人の最も醜いヘイト感情の対象になっているのではないかと指摘する。

ちなみに、無料配布新聞メトロに寄せられた読者レターにはこうした意見が書かれていた。

● どうしてハラール肉について語る時だけ人々は動物愛護運動家になるのだろう。私たちが食べている動物のほとんどは檻に入れられてひどい生活を強いられている。死に方がナイスじゃないということだけを気にするのは変だ。

● イスラム教を信じないのなら、イスラム教の祈祷が肉に影響を及ぼすとは思わないだろうし、動物のことが気になるのなら、最初から肉は食べないだろう。人道的な屠殺は幻想だ。

● ムスリム人口は国内人口のたった5%なのに、後の95%を排外するのか。自分はもうピザ・エクスプレスには行かない。

● 「気に入らないならピザ・エクスプレスに行かなければいい」という論調はおかしい。ハラール肉を使っていることが消費者に知らされていなかったら、その決断すらできないではないか。

だんだんサッチャーみたいなことを言うようになってきたキャメロン首相は、「英国は伝統的なキリスト教徒の価値観に立ち返るべき」と発言しているが、そう言えば最近、Nando’sという鶏肉料理のチェーンレストランで豪快にチキンを頬張る姿を取材陣に撮影させて庶民派をアピールしていた。

が、いったいあれは良きイングリッシュ・クリスチャンが殺した鶏だっただろうか?

Nando’sもUK内314店舗中34店でハラール肉のみを使用しているようだが。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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