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ゼロから始める楽しいモノづくり、元バンドマンが畑で奏でる未来とは

町田千秋カメラマン

ゼロから始める楽しいモノづくり、バンドマンが畑で奏でる未来とは
 
音楽をゼロから作るDIY精神を武器に、未経験から野菜作りに挑戦するバンドマンがいる。3人の男性がチームで農業をするために名付けたユニット名は「畑違い」。音楽という畑違いの分野から、大根やパクチー、枝豆、とうもろこしなどの生産に勤しむ彼らは、農薬を極力使わず安心できる野菜作りを目指し、その過程をSNSにアップしながら楽しそうに畑仕事をしている。音楽業界で培った経験や精神を基に、純粋に野菜作りを楽しむ素人の彼らだからこそ見えてくる農業の課題とは?
 
関東近郊のベッドタウンのとある畑には、その場には似つかわしくないおしゃれなイラストがあしらわれた看板が置かれている。広さ約400平米の畑の中で、作業着姿の男性3人が、土にまみれて黙々と作業を続けている。その傍らには三脚の上にたてられたスマートフォン。作業を記録してSNSにアップロードしているという。作業をしているのは、メジャーデビューも果たしたロックバンド「soulkids」(活動休止中)のボーカル・ギター担当の柴山慧さん、大日野武則さん(「ex.Yacht.」Gt.担当)、大谷武史さん(「ex.he」Gt.担当)。どことなく畑仕事のイメージと雰囲気に合わない彼ら。一体彼らはなぜ畑仕事に汗を流すのか。
 
3人は、かつて同時期にバンド活動に打ち込んだ同世代の仲間で、音楽のジャンルはバラバラだが、ライブハウスで意気投合し、バンド同士の競演などをしてきた。今は、それぞれバンド活動とは別に生計を立てているが、大谷さんのバンド「he」は、アニメ番組とタイアップし、柴山さんと大日野さんがそれぞれやっていたバンドは、メジャーデビューを果たすなど、数年前までそれぞれ本格的にバンド活動を行なってきた。そして、それはあらゆることを自分たちでこなすDIYの日々だった。
 
「当時は年間130本ほど全国各地でライブをして、それ以外はライブハウスで働きながら曲作りやレコーディングをしてまたツアーに出てと、本当に音楽漬けの毎日でした。仕事との兼ね合いもあり当時はスケジュール管理を徹底していたので、その経験が畑仕事の工程管理に活きています」と、柴山さんは振り返る。バンド経験を経て、彼らが口を揃えて言うのは「当時のアナログな方法で得られた経験や人の繋がりこそが自分にとっては財産」だということ。彼らはいま、人の繋がりを生かして農業を興し、農業を通じて人のつながりをさらに強めようとしている。
 
 
彼ら3人がユニットとして畑仕事を始めたのは、ほんの小さなきっかけからだった。2020年の冬に、柴山さんの自宅で豚骨と鶏ガラを煮詰めたスープで特製ラーメンを作った時、たまたま来ていた大日野さんと一緒に食べたところ、とても美味しくできあがったという。気分が良くなった2人は「これ、素材自体も一から作ってみたら面白そう」と盛り上がった。後日、大谷さんを誘い3人で農作業をやってみようとユニットを立ち上げることになった。今までとは畑の違う分野で活動していた男たち(GUY)が集まったから、ユニット名は『畑違い』。そして彼らの活動が始まった。
 
・音楽をゼロから作るように、DIY精神で農作業に挑戦
 
2021年3月、活動拠点の畑は、運よく大谷さんの知り合いから借りられることになったが、貸主から「壊れている井戸を直してほしい」と頼まれ、畑作業以前に井戸を直さなければならなくなった。
当然、壊れた井戸の直し方など全く知らないが、そこはバンドマン。これまで、ツアーの移動に使うハイエースの荷台にスチールラックを組んで下の段に機材を入れ、上の段には布団を敷いて仮眠ができる様にDIYで作っていた経験もあり、独学で井戸の構造を学びながらまさにDIYで修理することに成功した。
井戸が壊れて野菜の泥を取ることができずに困っていた近隣の先輩農家の安部さんから感謝され、お礼に畑仕事のノウハウを教えてもらったり、3人の相談を聞いてくれるようになったりと、心強い味方になってくれた。畑違いの未知の世界でも、人の繋がりによって、彼らはそれぞれの野菜にあった育て方などを教わったという。
 
「里芋は植えるときに芽を下にして植えると、逆に強く成長するため芽吹きも根張りも良くなる」
「ねぎは土を重ねたところが白くなる。畝の盛り方で白い部分の長さが変わる」
「同じ場所に植え続けると育たない野菜がある」
一つずつ安部さんから学びながらも、未経験ゆえに度重なる失敗も経験してきた。
 
とうもろこしを守るために貼った防鳥ネットの目が荒く、鳥に食べられてしまったのだ。収穫寸前のとうもろこしの3分の1が被害にあった。悔しさでこぼれ落ちそうになる涙を堪えながら残りの3分の2のとうもろこしを守るため、安部さん言われたように防鳥ロープの間隔をさらに狭くするために巻き足すことにした。
 
 
さらに冬には「大根の成長が早く、収穫時期が重なりそうで、野菜をダメにしてしまいそう」と感じた柴山さんは、さっそく安部さんに相談。「大根はずっと土の中でいると、成長しすぎて割れるため、一回引っこ抜いて根を抜き、また土を被せて“土の冷蔵庫”の中で保管する」ことを教えてもらい、なんとか乗り切った。
 
周りの畑には高齢者ばかりの中で、「若者たちが畑で走り回っているように見え」ちゃんと続くのかと当初は半信半疑だったという安倍さんは、「途中で諦めることなく、品質の良い野菜を作って立派だと思いますよ」といまは3人の畑仕事への姿勢に信頼を寄せている。
 
・野菜作りとバンド活動の共通点は?
 
2021年夏、初めての畑仕事で収穫したたくさんの野菜は、バンド時代からの友人が営んでいる飲食店などにお裾分けをした。自分たちが作った野菜が知人の手によって料理になり、お客さんの口までしっかりと届ける事ができた。彼ら3人のこだわりは農薬を使わない事だ。知っている人が育てた安心感がある上に、味も良いと評判も良かったため、収穫の時期なども修正しながら安定して野菜を提供できることを目指し、さらに野菜作りに没頭していった。そんなある日、農作業を進めていくと彼らは新たな問題に直面した。
 
・3人にとって「楽しいこと」は、みんなで問題に取り組むこと
 
昨今、問題になっているフードロス。消費者に届く前に、捨てられる野菜が出てしまう現状を、近隣の農家さんから教えられたのだ。野菜自体は、味もよくとても品質が良いものなのに、収穫量が多すぎると知り合いに配っても、余ってしまい、誰の元にも届かず破棄されてしまう野菜が出てきてしまう。柴山さんたちは、東京などの都心では食べ物に対する関心が高くなっている中で、品質の良いものがちゃんと届いてないというギャップをどうにかしたいと考えた。
もともと野菜をお裾分けしていた知り合いの飲食店に協力してもらい、近隣の農家さんの野菜を預かって店頭で販売したり、不定期で直売イベントを開催し、その情報SNSで発信し始めた。2022年3月には、SNS「LINE」を使って活動状況や野菜の情報を届け、お客さんと直接やり取りできるような場所を作った。近隣の農家さんが『畑違い』の発信方法やデザイン性に興味を持ち、一緒にお米などのコラボ商品(バンドでいうスプリット作品!)も計画しているとのこと。
 
野菜も音楽も良質なものができたとしてもブランディングや発信方法で埋もれてしまうこともある。『畑違い』の3人は、バンド活動で養ったPR戦略を活かしながら、SNSに慣れていない近隣畑の先輩たちの野菜作りの技術と組み合わせることで、美味しくとも捨てられる野菜たちをなんとか減らそうとしている。
 
野菜作りとバンド活動に共通点はない様に思えるかもしれない。しかし、自分たちが作るものをより良くするために経験や知識、思考を巡らせ磨き上げる工程や、作った物に対し徐々に関わる人が増えていく点も共通している。「車がハイエースからトラクターになったり、ギターが鍬になった」が何かを作り出すという点ではそんなに大きな違いはないと言う。3人のように、新しい物事や問題に対して無邪気な好奇心だけでなく、しっかりと真摯(しんし)に向き合いしっかりと実践する姿に、いくつになっても挑戦することの大切さを感じた。
 
撮影協力
・大宮まぜそば 誠治
  https://g.page/seiji1313?share
・chamame
 https://www.instagram.com/_chamame_/
 

カメラマン

茨城県出身。平成元年生まれ。音楽シーンを中心に動画・写真の撮影を行なっている。