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慰安婦問題を「最終的で不可逆的」に解決するために

橘玲作家

昨年末の「慰安婦」日韓合意は戦後史に画期をなす出来事ですが、その意義がじゅうぶんに理解されているとはいえません。

従軍慰安婦問題についてはさまざまな立場があるでしょうが、国際的には、日韓のナショナリズムの衝突ではなく、女性の人権問題と見なされていることを押さえておく必要があります。

旧ユーゴスラビアの解体とボスニア内戦は、その凄惨さによって西欧諸国に大きな衝撃を与えました。とりわけ戦場における虐殺と性暴力は、「人権の擁護は国家の主権を超える」という新しい流れを生み出しました。従軍慰安婦問題も、こうした「普遍的人権」の枠組みのなかで国際社会で取り上げられるようになったのです。そこで重視されたのは、日韓の歴史認識のいずれが正しいかではなく、戦争の被害者である女性をいかに救済するか、ということでした。

しかし残念なことに、こうした冷戦後の新しいパラダイムは、日本でも韓国でもほとんど理解されませんでした。「リベラル」と称する日本のメディアやジャーリストは慰安婦問題を日本の戦争責任を追及する格好の機会とみなし、天皇を被告とする模擬裁判を開きました。韓国のナショナリズムは慰安婦を植民地時代の日本の「悪」の象徴として、謝罪と反省をひたすら求めました。両者に共通するのは、元慰安婦を自分のイデオロギーに合わせて都合のいいように利用したことです。

そんな混乱のなか、95年に自社さ連立政権の村山内閣によって、アジア女性基金による解決が目指されました。しかしながら、総理がお詫びの談話を発表し、政府と民間で償い金を支払うという、それなりによくできたこの解決案は、日本のリベラルと韓国のナショナリストの活動家によって完膚なきまでに叩きつぶされてしまいます。

彼らがなぜ女性基金に反対したかは、いまになればよくわかります。慰安婦問題が解決してしまうと、自分たちの独善的な「正義」を気分よく振り回すことができなくなってしまうのです。その結果、償い金を受け取った貧しい元慰安婦は活動家たちから裏切り者と罵られ、この20年間に多くの女性たちがなんの補償も受けないまま他界していきました。――もちろん「正義」のひとたちは、この結果責任を担う気はさらさらないでしょう。

今回の合意は、安倍晋三首相と朴槿恵大統領という、強い政治基盤を持つ保守派の政治家が期せずして日韓のリーダーになったことではじめて実現しました。元慰安婦の年齢を考えれば、これが「最終的で不可逆的な解決」の最後の機会でしょう。

アメリカの後押しもあって、合意は国際社会で高い評価を受けています。そのなかで日本にとっての最大の国益は、韓国の反日ナショナリズムに惑わされることなく、元慰安婦が存命のあいだに謝罪と賠償を行なうことです。慰安婦像の移転問題でいがみあっているうちに全員が鬼籍に入るようなことになれば、その責任を一方的に負わされることは目に見えています。

安倍首相は、今回の合意が過去の謝罪と反省よりも、女性の人権を擁護する未来志向のものだと説明することが大事です。そのうえで朴大統領ととともに元慰安婦を訪問し、慰安婦問題の最終解決を宣言すれば、歴史に名を残すことになるでしょう。

【追記】

本文では書ききれなかったので、アジア女性基金の経緯について若干の補足を。

自社さ連立政権の村山内閣で、五十嵐広三官房長官とともに女性基金設立を主導した大沼保昭氏は、『「慰安婦」問題とは何だったのか』(中公新書)などで、村山内閣が多数派の自民党の上に乗っている以上、自民党保守派(とりわけ当時の実力者で日本遺族会会長でもあった橋本龍太郎元首相)の同意が得られない提案は政治的に無意味だ、というのが最初からの大前提だった、と述べている。すなわち、慰安婦問題の解決にあたって右翼・保守派の反発は想定内で、それを押さえ込めるという暗黙の了解があったからこそ女性基金を進めることが可能だった。

それに対して想定を大きく超えたのは、“リベラル”な活動家、弁護士、ジャーナリスト、およびその主張を商業的に利用した“リベラル”なメディアによる強硬かつ原理主義的な全否定と、それを受けて韓国側に広まったナショナリズムのうねりだった。

これについて大沼氏は、以下のように書いている(上記、中公新書)。

--大衆社会で読者に「読まれる」記事を求めるメディアの書き手は、意識的あるいは無意識的に、問題の渦中にヒーロー、ヒロインを求める。「慰安婦」問題という人間の尊厳にかかわる問題を扱ううえで、元「慰安婦」という悲劇のヒロインはお金が欲しいなどという俗っぽいことを言ってはならず、あくまでも人間の尊厳回復にこだわり続ける人でなければならない。メディアにとって幸いなことに、そういう人はたしかに存在する。だとしたら、「お金が欲しい」と小さな声でつぶやく人たちを無視したとしても、積極的にウソを報じたことにはならない。メディアは安心して「ヒロインとしての元慰安婦」に脚光を当て続け、被害者のなかの「お金が欲しい」という声を無視し続けることができた。(中略)

こうして、韓国では「被害者が求めているのは人間(あるいは女性)としての尊厳の回復であって、お金の問題は本質的な問題ではない。お金のことを議論することは卑しむべきことであって、『不道徳な』民間団体であるアジア女性基金から『汚い』お金を受け取ることは韓民族への裏切りである」という雰囲気が社会を覆った。日本でも、多くの支援団体やNGOは「慰安婦問題とは人間の尊厳の問題であって、お金の問題ではない」という主張をくりかえした。多くのメディアは紋切り型にこうした主張を増幅した。

一方で「慰安婦=売春婦」という「右」からの侮蔑的な攻撃にさらされ、他方で「金の問題ではない」と主張する勇気ある元「慰安婦」をモデルとする過剰に倫理主義的な声に押しつぶされたごく普通の被害者たちは、沈黙を守るほかなかった。そして、アジア女性基金に、「償いを受け入れたいけど、それが知られると生きていけない。くれぐれも内密にお金を払い込んでください」と訴えるしかなかったのである。

『週刊プレイボーイ』2016年1月18日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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