国民健康保険では、満額の保険料を支払っている「正直者」は3割しかない
「老後2000万円不足」問題をきっかけに、「人生100年時代」への不安が顕在化してきた。夫一人の収入で専業主婦を養い、子どもを大学に入れ、マイホームの住宅ローンを支払い、老後のためにじゅうぶんな貯蓄をすることなど不可能だ。だからといって、20歳から60歳まで40年間支払った年金保険料で、定年退職したあとの40年、夫婦で計80年の「老後」を年金だけで安心して暮らせるなどという法外な話があるはずがない。
これについては、「老後問題」というのは「老後が長すぎる」という問題なのだから、生涯現役で働ける社会にすれば問題そのものがなくなる、という話を書いた。
定年のないゆたかな老後を実現するために、いまこそ金銭解雇の法制化を
年金制度についてはすでに論じたから、ここではあまり言及されることのない国民健康保険(国保)について見てみよう。
すべては厚労省=政府の都合のいいように適当に決められている
日本共産党は「高すぎる国民健康保険料(税)の引き下げ」を公約に掲げている。それによると、「国保加入者の平均保険料(一人当たり)は、政府の試算でも、中小企業の労働者が加入する協会けんぽの1.3倍、大企業の労働者が加入する組合健保の1.7倍という水準」で、「東京23区に住む給与年収400万円の4人世帯が、協会けんぽに加入した場合、保険料の本人負担分は年19.8万円ですが、同じ年収・家族構成の世帯が国保加入だと保険料は年42.6万円、じつに2倍以上の格差が生じています」とされる(「高すぎる国民健康保険料(税)を引き下げ、住民と医療保険制度を守ります」2018年11月1日)。
国保の保険料は自治体ごとに異なるが、東京区部の保険料は介護保険込みで世帯所得の11.11%+均等割となっている。それに対してサラリーマンなどの加入する協会けんぽの保険料率(介護保険込み)は報酬月額の11.63%(自己負担は半額)で、扶養家族の人数などで有利不利はあるものの、両者の負担はほぼ見合っている。それにもかかわらずなぜ国民保険料が「高すぎる」のかというと、共産党はサラリーマンの自己負担分のみ(報酬月額の5.815%)を基準にしているからだ。
これまでも繰り返し述べたように、厚生年金の「会社負担分」は国によって「没収」されており、サラリーマンが受給する年金には反映されない。この不都合な事実を隠ぺいするために、厚労省は「ねんきん特別便」に(会社負担分を含む)厚生年金保険料の総額ではなく、半額の自己負担分しか記載していない。
これについては、「そもそも会社負担分は個人の支払いではない」との反論がある。だがこの理屈がもし正しいのなら、国保加入者にサラリーマンの「会社負担分」に相当する保険料を支払わせるのは明らかに不公平だ。これが共産党の主張で、国保の保険料は今の半額にすべきだということになる。
逆に、国保加入者がサラリーマンの「自己負担」+「会社負担」に相当する保険料を支払うべきだとするのなら、厚生年金の「会社負担分」はサラリーマン個人の支払いになって、国家が「没収」することはできない。
国保と協会けんぽのもうひとつのちがいは保険料の上限で、国保は年収およそ1000万円で96万円の上限に達するのに対し、協会けんぽは報酬月額135万5000円(年収1626万円)が上限で、保険料は年194万円(自己負担97万円)になる。なぜこのようなちがいがあるかというと、協会けんぽの自己負担分の上限(97万円)を国保の上限(96万円)に合わせているからだろう。これで、高所得のサラリーマンから多額の保険料を徴収をすることができる。
このように、日本の社会保険システムの「自己負担」と「会社負担」の関係にはなんの一貫性もない。すべては厚労省=政府の都合のいいように適当に決められているのだ。
意図的に保険証を放棄するひとたち
国保の保険料は、東京区部で月収20万円(年収240万円)程度でも年20万円近くになる。国保の保険料通知書が来ると、「これだけの保険料をみんな払っているんだろうか?」と不思議に思うひとは多いだろう。
この謎は、「国民健康保険実態調査」(2017)で解くことができる。ほとんど指摘されることはないが、国保ではそもそも満額の保険料を支払っているひとは少数派なのだ。
国保の特徴は保険料の軽減世帯の多さで、全世帯の59.3%と6割近くになる。このうち2割軽減が11.6%、5割軽減が14.2%、7割軽減が33.5%となっている。国保の加入者は約3200万人だから、2割軽減は370万人、5割軽減が450万人、7割軽減が1000万人で、軽減を受けている総数は1800万人を超える。さらに驚くべきは、2割軽減や5割軽減より7割軽減の方が倍以上多いことだ。
ちなみに、生活保護を受けると保険料は課されないが(10割軽減)、この場合は国保を脱退して生活保護法による医療扶助に移行するので、国保加入者の統計には含まれない。
国民年金の納付率は66.3%(2017年)で、33.7%の加入者が保険料を納めていない。それに対して国保の保険料を納めていない世帯は全体の7.3%しかいない。国民年金の加入義務は60歳までで加入者は約1500万人、それに対して国保は75歳までで退職後のサラリーマンも加わって加入者が3200万人まで増えるが、それを勘案しても未納率の差は大きい。
年代別で見ても、国民年金の未納率が25~29歳で45%、30~34歳で41%、35~39歳で37%なのに対し、国保の未納率は25~34歳で26.3%、35~44歳で14.9%。この年齢では国民年金と国保の加入者は重なっているはずなので、20~25%の加入者は国民年金の保険料を未納にする一方で、国保の保険料は(軽減を受けるなどして)支払っていると推測できる。これは、国民年金の恩恵が遠い将来の年金受給時点にならないと気づかないのに対し、健康保険証がないと日々の暮らしに不都合だからだろう。
なお現行制度では、国保の保険料を支払っていなくても、原則1年未満の滞納者には(期間が1~3カ月の)短期証、1年以上の滞納者は資格証明書(医療機関での窓口負担が全額自己負担となり、後日、保険給付分の7割が払い戻される)が交付される。未納者の総数は約230万人で、6割には短期証か資格証明を交付されているが、約90万人(38.4%)は保険証を持っていない。
興味深いのは、保険証の交付を受けていない割合を未納者の所得別で見ると、もっとも高いのは年収300~400万円(48.0%)、次は500万円以上(44.7%)であることだ。ここから、国保の保険料を支払うじゅうぶんな収入がありながら、意図的に保険証を放棄している層が一定数いるらしいことがうかがわれる。SNSなどでは「若くて健康ならめったに病院にかかることはないのだから、健康保険証を返却して、窓口で全額自己負担した方が得だ」と述べる(自称)専門家がいるが、こうしたアドバイスを実践しているのかもしれない。
年金受給者のほとんどは満額の保険料を払っていない
国民年金は負担(保険料)と給付(受給額)の関係がシンプルなので利回りをマイナスにすることができず、保険料は現在ほぼ上限に達しているが、国保にはこうした歯止めがないので、協会けんぽの保険料が引き上げられると国保の保険料も青天井で引き上げられていく。これでは加入者は国保の保険料を負担できなくなるはずだが、そうならないのは、国保の加入者のうち約6割が保険料の軽減を受けており、約1割が未納者なので、満額の保険料を払っているのは加入者の3割程度しかいないからだ。国保では保険料の軽減を受けるのが常態で、満額の保険料を払う「正直者」は少数派なのだ。
保険料の軽減には明確なルールがあって、2019年4月以降は年間所得「33万円以下」が7割軽減、「33万円+(28万円×世帯人数)以下」が5割軽減、「33万円+(51万円×世帯人数)以下」が2割軽減となる。1人世帯だと、所得61万円以下で5割、84万円以下で2割軽減の対象だ。
年金受給者の場合、65歳以上で330万円未満の年金収入に対して120万円の控除が受けられる。これに基礎控除の33万円が加わるので、1人世帯の場合、年金収入が年186万円以下で7割軽減、214万円以下で5割軽減、237万円以下のかなり恵まれたケースでも2割軽減の対象となる。年金収入が年153万円以下の場合所得はゼロになるので、保険料は均等割のみだ。東京都区部だと医療+支援金の均等割は5万2200円なので、その3割の保険料は年1万5660円、月額1300円ほどになる。
公的年金等控除は個人別なので、妻も収入が120万円以下なら所得はゼロになって、夫と合わせて世帯収入が最大年206万円でも保険料は7割軽減の対象になる。同様に計算すると、夫婦で年金収入が最大400万円でも2割軽減の対象になる場合がある。
現役時代に保険料を払ってきたというかもしれないが、現役世代の保険料が高騰していることを考えると、いくらなんでもこれは優遇しすぎではないだろうか。これでは、年金受給者の一部しか正規の保険料を払っていないことになってしまう。
国保の保険料軽減のルールが不思議なのは、単純に金額で線引きしていることだ。所得33万円を1円でも超えると7割から5割の軽減になり、84万円(1人世帯)を1円でも超えると軽減はなくなる。これは所得をある程度操作できる白色・青色申告者に強烈なインセンティブ(誘因)を与えるだろう。
3割や5割軽減よりも、7割軽減の対象者が倍以上いる理由もここから推測できる。保険料の軽減を受けようと考える加入者は、どうせなら(所得を操作して)7割軽減にしようと思うのだ。国保の保険料が高くて家計が苦しいと困っているひとは、いちど保険料軽減の対象にならないか検討してみたらどうだろう。夫婦と子ども2人の世帯なら、所得237万円以下で2割軽減に該当する。
加入者の3割しかまともに保険料を支払っていなくても国保が維持できているのは、税が投入されていることと、サラリーマンが加入している大手企業などの組合健保から大規模な資金流入があるからだ。
2017年の国保の赤字は1年で1000億円も縮小したが、いちばんの要因は企業の健康保険組合などからの交付金が2330億円増えたことで、もうひとつの要因は、超高齢化にともない加入者が国保から後期高齢者医療制度に移行していることだ(「国民健康保険、赤字450億円に縮小、2017年度」日経新聞2019年4月12日)。これによって健康保険制度の赤字問題も、今後は75歳以上の医療保険に移っていくことになるだろう。
内閣府によれば、現在5000億円前後の社会保障費は、1947~49年に生まれた「団塊の世代」が後期高齢者になり始める2022年以降、自然増が「8000億円程度まで膨らむ見通し」だという。政府は薬価の引き下げ(製薬会社の負担)と高所得の会社員らの介護保険料の段階的引き上げ(サラリーマンの負担)で、高齢者の反感を避けつつ社会保障費を抑制してきたが、この対症療法もあと数年で使えなくなる(「社会保障費1200億円抑制」日経新聞2019年8月15日)。年金受給者の大半が国民健康保険の保険料を軽減されていることにも注目が集まるはずだ。
その頃には、「超高齢社会」の日本の姿が誰の目にもはっきりわかるようになるだろう。