新型コロナウイルス感染症の「感染力」はどれくらい強いのか?
新型コロナウイルス感染症の患者数が日々増え続けており、また1人の患者から15人の医療従事者が感染したとも報じられています。
新型コロナウイルスの感染力はどれくらいの強さなのでしょうか?
※本稿では便宜的に感染症の人から人へのうつりやすさを「感染力」と表現しています
新型コロナウイルスの基本再生産数は1.4-2.5と試算
感染症のうつりやすさの指標として、基本再生産数がよく使われます。
基本再生産数とは?
基本再生産数(R0; R naught)とは、簡単に言うと「1人の感染症患者から何人に感染させるか」を表す数です。
正確には1 人の感染者が生み出す2次感染者数の平均値のことを指し、感染症別の感染性の指標として利用されています。
これまでの患者の発生状況などから、新型コロナウイルスの基本再生産数は1.4-2.5と暫定的に見積もられています。
1人の感染者からだいたい2,3人に感染するということになります。
ではこれは他の感染症と比べてどれくらいの感染性の強さなのでしょうか?
この図は新型コロナウイルスの基本再生産数と、他の感染症とを比べてみたものです。
馴染みのあるところでは、インフルエンザは1.4-4となっており、1人のインフルエンザ患者から1人、最大4人に感染させることになります。
同じコロナウイルスであるSARSは2-5であり、今のところ新型コロナウイルス感染症はSARSよりは広がりにくい性質を持っていると考えられます。
世界でもっとも感染力が強い感染症の一つである麻疹の基本再生産数は12-18であり、1人の患者から12〜18人に感染させることであり、新型コロナウイルスの10倍近い感染力ということになります。
昨年、某宗教団体が三重県の自施設で開催した研修会で麻疹患者の集団発生があり、その後の国内流行のきっかけになりましたが、これはこの団体がワクチンを含む医療を否定する教義であったことから、研修会に参加していた参加者の大半が感染するという事態になりました。
新型コロナウイルス感染症は麻疹と比べるとずっと感染力が低い感染症ということになります。
1人の患者から15人の医療従事者が感染したのはなぜ?
では、報道にもあった1人の患者から15人の医療従事者に感染したというのはどういうことなのでしょうか。
1人から多くてもせいぜい3人くらい、という話でしたので15人というのは明らかに多すぎです。
これにはいくつかの理由が考えられます。
・診察していた時点で診断がついておらず感染対策が不十分な状況で診察していた可能性がある
・診療を行っていたのが激しい症状を伴う感染力の高い重症患者であった
・武漢市内に広がっている状況であり、診療で感染したとは必ずしも限らない
現在、報道でも流れていますが中国では新型コロナウイルス感染症と診断された患者には厳重な個人防護具(フルPPEと呼ばれます)を着て診療しており、容易には感染しないと考えられます(ただし脱衣の際などに防護具の表面を触ることにより汚染のリスクがあります)。
しかし、今回の新型コロナウイルス感染症の正体がつかめないままに十分な感染対策が行われずに診療が行われていた時期に感染してしまった可能性があるのではないかと考えます(中国語ですが、感染対策の不備について伝えている記事もあります)。
その場合、患者と近距離で長時間曝露する濃厚接触となり、非常に感染しやすい状況となります。
また重症患者ではしばしば症状が激しいことがあり、軽症の新型コロナウイルス感染症患者と同じ感染力とは言えないことがあります。
そして、先日の記事にも書きましたが、12月下旬の時点ですでに武漢市内では人から人に感染している症例が出ていたと考えられ、必ずしも患者から感染したとは限りません(感染症が蔓延した状況下で誰から誰に感染したのかを評価するのは一般的に困難です)。
というようなことから、医療従事者の感染については説明可能かもしれません。
しかし、この1人から15人への感染という事態はコロナウイルスの共通する、ある特徴に由来するものかもしれません。
そもそもコロナウイルス感染症は病院の中で広がりやすい
元々同じコロナウイルスによる感染症のSARSやMERSは、病院の中で広がりやすいという特徴があります。
SARSのアウトブレイクの際も多くの医療従事者が感染しており、8,096人の感染者のうち1,707人(21%)が医療従事者とされています。
またMERSが韓国でアウトブレイクした際も、感染者186人全員が病院の中で感染したとされており、そのうちおよそ半分が別の疾患のために入院していた患者、約3割が患者家族、約2割が医療従事者という内訳でした。MERSの基本再生産数は1未満とされていますが、病院内では1を上回るとされています。
そもそもコロナウイルス感染症は病院内で広がりやすいという特徴があるのです。
スーパースプレッダーとは?
もう一つ、SARSコロナウイルスとMERSコロナウイルスに共通する特徴としてスーパースプレッダーの存在が示されています。
スーパースプレッダーとは、感染症を多くの人に拡散してしまう患者のことで、SARSでもMERSでもこのスーパースプレッダーの存在により流行が広がった経緯があります。
例えば、図は韓国でのMERSがどのように広がっていったのかを示したものですが、発端となったNo1の人からNo14, No16と27人(計29人)の人に感染させています。No14の人はなんと86人の人に感染させています。
このように、スーパースプレッダーのメカニズムは未だに解明されていませんが、大きなアウトブレイクのきっかけになる存在です。
今回、医療従事者15人に感染させたのがスーパースプレッダーであったのかはもっと詳細な情報が必要ですが、その可能性はありそうです。
しかし、同じコロナウイルスの仲間ではあるものの、異なるウイルスではありますので、安易に「新型コロナウイルスもスーパースプレッダーが存在する!」と判断するのは時期尚早かもしれません。
とりあえず今の時点では「それほど感染力は強くなさそうだが、病院などの特定の環境では感染しやすくなる可能性がある」という評価になるかと思います。