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「見本のないパズル」熊本地震から6年 “守り神”阿蘇神社の楼門を修復する21歳宮大工の想い

中島昌彦ビデオグラファー

熊本県阿蘇市の阿蘇神社は、2016 年 4月の熊本地震で拝殿や国指定重要文化財の楼門が全壊した。 それから7年目の2022年4月。熊本市出身で、高校1年生の時に地震を経験した内田祐汰さん(21)は、若き宮大工として阿蘇神社復旧の現場に立っていた。「自分も何か復興に携わる仕事がしたい」。こんな誓いを持って大工の世界に飛び込んだ内田さんの目を通じ、復旧現場の「リアル」を見た。

・2度の震度7で被害拡大
熊本地震では4月14日に県中央部の益城町で震度7を記録する前震が発生。2日後の16日に震度7の本震が起き、被害が拡大した。災害関連死も含め276人が犠牲になり、住宅被害は19万8000棟に上った。

阿蘇地方の守り神である阿蘇神社では拝殿と重要指定文化財の楼門が全壊、約24億5000万円の被害を受けた。一方、神社周辺では家屋の損壊はあったものの、比較的小さな被害ですんだ。また、地震による断水中は神社の湧水が生活用水の役割を果たし、地域の人々は「阿蘇神社が身代わりになってくれた」と全壊した神社に手を合わせた。

・文化財復旧の難しさ
阿蘇神社は熊本県を代表する神社とされ、神武天皇の孫神で阿蘇を開拓した健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめ12神が祭られている。2000年以上の歴史を誇り、全国に500の分社がある。

被害を受けた阿蘇神社の社殿群は、天保6(1835)年から嘉永3(1850)年にかけて熊本藩の寄進によって再建された。全壊した楼門は日本三大楼門のひとつに数えられ、二重門としては九州最大の規模を誇った。

木造の文化財の修復では事前に入念に調査が行われ、材料一つひとつに番号を振りながらいったん解体した後に再び組み立てられる。今回は全壊状態だったため、関係者は地震前に撮影された写真集めから始めなければならなかった。地震によって散らばってしまった材料が元々どこにあったのかを予測しながら、「見本のないパズル」のピースを集めていくような作業が、時間をかけて行われた。

文化財の修復にあたっては、その価値を損ねないよう、なるべく元の材料を使うことが求められている。解体時に集められたおよそ 1 万点の部材を分析したところ、そのうちのおよそ7割が再び使えることがわかった。また、将来の同規模の地震に備えるため、耐震工事も同時に行われている。

阿蘇神社で復旧に携わるのは、福井県の藤田社寺建設の宮大工たちだ。出雲大社(島根県)や首里城(沖縄県)をはじめ全国の神社仏閣を手掛ける一流の宮大工集団として知られている。このうち5人が福井から阿蘇に移り住み、阿蘇神社で6年目の復旧作業にあたっている。

・「地元熊本のために」
復旧現場の宮大工の中で一番の若手が内田さんだ。熊本市に生まれ、小さい頃から物作りが好きだった内田さんは、伝統建築が学べる高校に入学。1年生の時に熊本地震を経験した。

「自分が生まれ育った県だし、実際に阿蘇神社にも崩れる前に行ったこともある。再建を楽しみにしている町の方々もたくさんいると思うので、その期待に応えて自分も復旧に携わりたい」

こんな思いを抱いた内田さんは、学校が主催した阿蘇神社復旧現場の見学会で初めて文化財復旧の現場を訪れた。そこで働く宮大工の話を聞き、「自分も復旧現場に携わりたい」との思いを伝えた。高校を卒業すると、すぐに福井県の藤田社寺建設の門を叩いた。 福井での研修を終え、内田さんが阿蘇の現場に入ったのは2020年8月のことだった。

・「過去の天才」より「現在の先輩」
1850 年に再建された阿蘇神社の楼門は、水民元吉という当時22歳の天才棟梁によって建てられた。今年22歳になる内田さんはどのような思いで復旧工事にあたっているのか。

「昔は電動の工具などがない中、自分と同年代の人が棟梁だったことはすごいと思います。ただ、実際に昔の人ができるんだから、やっぱり今の人もできるんじゃないかなって思ってます」

しかし、内田さんを圧倒したのはかつての天才棟梁ではなく、目の前にいる現場の宮大工たちだった。 「自分も高校生の頃に伝統建築は勉強していたんですけど、まずはその道具の多さと、当然ですけど、レベルがもう全然違うというか、何か圧倒される感じでいつも見ています」。

高校時代に内田さんがノミやカンナを実習したのは、安全な教室内でのことだった。一方、現場の宮大工たちは、不安定な足場の上でミリ単位の作業をこなす。古い材料には痛んだ部分をギリギリまで残しながら新しい木材をつなぎ合わせる一方、新しい木材は経年変化を考え、若干大きくつなぎ合わせていく。こうすることで、新しい木材から水分が抜ける数年後には、新旧の木材が同じサイズになっていく。

内田さんが尊敬しているのが、棟梁として現場を任されているの与那原幸信さん(56)。首里城や出雲大社の修復時に棟梁として現場を仕切った一流の宮大工だ。現場の宮大工たちに指示を出し、若手を育成しつつ自分の仕事もきっちりこなす姿は、内田さんには常に輝いて見えている。

宮大工は10年やって一人前と言われる世界だ。マニュアルがない中で、内田さんは先輩に教えを請うたり、仕事ぶりを真似たりしながら奮闘する日々を送っている。

神社仏閣の新築と文化財の修復は、どう違うのか。「一度作られた作品があるので、自分達はそれをできるだけ残しながら次の世代へと渡していくことが使命。自分達の仕事はつなぎ役に徹することだ」と与那原さんは語る。内田さんについては「まずは一人前の大工さんになっていただくのと、その後棟梁になって、後継の若い子の面倒を見てもらいたい」と期待を寄せる。

・「心に残るような建物を」
阿蘇神社の楼門は 2023 年 12 月の竣工を目指し、修復が進められている。 すでに1階部分の組み立ては終わり、2階部分の組み立てのほか、作業用の建物の解体も残っている。内田さんは復旧工事が完了するまで現場で働く予定だ。

「阿蘇神社の復興を楽しみにしてくださっている方々もたくさんいると思うので、皆さんの心に残るような建物にできるよう頑張っていきたいと思います」
若き宮大工の仕事は、明日も続く。

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https://donation.yahoo.co.jp/detail/5066001

クレジット

監督/撮影/編集 中島昌彦
スーパーバイザー 岸田浩和
プロデューサー  高橋樹里
チーフプロデューサー 金川雄策
取材協力 阿蘇神社、清水建設株式会社、藤田社寺建設株式会社

ビデオグラファー

熊本県阿蘇市生まれ。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校 映画学部卒。テレビディレクターを経て、2016年よりビデオグラファーとして活動している。

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