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異常気象下の野外フェス問題、改善は可能か?

宇野維正映画・音楽ジャーナリスト
8月19日11時50分頃のZOZOマリンスタジアムのスタンド(筆者撮影)

観客だけでなく出演者も声を上げはじめた

 8月19日、千葉市美浜区のZOZOマリンスタジアム、幕張メッセ、及び近隣のビーチで2日間にわたって開催された音楽フェス「SUMMER SONIC 2023」東京会場の1日目に、およそ100人が熱中症などの症状を訴えて救護室に運ばれたことがテレビのニュースや情報番組などで報道された。

 近年、記録的な猛暑が続く夏の日中に開催されるイベントに関しては、音楽フェスだけでなく、高校野球の「夏の甲子園」大会などについてもその是非や対策について議論が交わされるようになっている。

 夏フェスにおける日中の猛暑問題については、主催者側にとっても最大の懸念事項であり、少なくともフェス開催実績の長い主催者はこれまで様々な対策を講じてきた。しかし、熱中症になる観客が続出した今年の「SUMMER SONIC」では、出演バンド、マカロニえんぴつのフロントマンはっとりの上記のXでのポストのように、演者側からも改善に向けた問題提起がされた。近年の異常気象を受けて、そろそろ抜本的な対策を探る時期を迎えつつあるのかもしれない。

フェス開催時期の変更は可能か?

 誰もが思いつくこととしては、猛暑が続く真夏を避けて、9月以降に開催時期を変更するという改善策があるだろう。しかし、これは現実的には相当困難だ。音楽ファンなら周知の通り、既に7月から9月にかけては日本中のどこかで毎週末、それなりの規模の音楽フェスが開催されている。

 新潟で開催される「FUJI ROCK FESTIVAL」、千葉で開催される「SUMMER SONIC」、昨年からは同じく千葉で開催されている「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」、北海道で開催される「RISING SUN ROCK FESTIVAL」と、いずれも90年代末から00年代初頭に始まった大型フェスを軸にして、現状、国内の集客力のあるバンドやアーティストはその網目を縫うように日本各地での音楽フェスにブッキングされている。

 先日、NHK水戸放送局が公式発表の前に、来年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」が茨城県ひたちなかで開催されることを報道した際も、主催者側が最も憂慮したのは、日本各地で行われている他のフェスの主催者たちと数年にわたって水面下で様々な調整をすすめていたことを蔑ろにされ、部分的な情報だけをリークされたことだった。夏の音楽フェスは日本ですっかり定着したわけだが、だからこそ、その日程や開催地を変更することは、複雑な因数分解の数式を解くような長く困難な作業を要することであり、「今年問題が生じたからすぐに来年から変更」というわけにはいかないのだ。

 加えて、「SUMMER SONIC」が開催されている千葉県は、近年しばしば台風の通り道となってきて、大きな被害を受けてきた地域でもある。また、開催地の幕張周辺への主要な交通ルートであるJR京葉線も、強風や豪雨によって頻繁に運行が停止することで知られている。もし9月に開催時期を変更したら、猛暑によるリスクを減らす代わりに、台風による開催中止リスクや、開催日の周辺駅における混乱などの二次リスクを高めることになるだろう。

現実的に打てる対策があるとしたら

 それでは、現実的に打てる対策があるとしたら何があるのか? 一つは、主催者のブッキング及びタイムテーブルの高度な調整手腕が今後はより求められるということだ。実は自分も今年の「SUMMER SONIC」で救護室のお世話になった一人なのだが、「現場からの声」として言わせてもらえば、特に野外のステージの場合、トリ以外で事前に異常な集客や熱狂的なファンがアリーナ前方に押し寄せることが予想できるアーティスト(今回の場合はZOZOマリンスタジアムで12時に出演したNewJeans)は、炎天下となる午後の時間帯は避けて、なるべく朝イチのスロット(フェスのステージ割と出演順)にするべきだろう。

 今回のNewJeansに関しては、昨夏デビューした後、ブッキングを終えていたであろう昨年末頃から急激に世界中で現象化したこともあって、ここまで過酷な状況になることを予測するのは難しかったとは思う(会場最大キャパのZOZOマリンスタジアムに割り振ったこと自体は英断だった)が、主催者には刻一刻と変化している音楽シーンへの対応が必要となる。過去の経験を振り返っても、会場が危険な状況になるのは天候のせいだけではなく「このステージ、この時間帯に、このアーティスト?」というスロットの問題に拠るケースが多かった。会場が観客でいっぱいになって「入場規制」されることをアーティストにとっての勲章のようにメディアが報じることもこれまで常態化してきたが、そのような風潮はもう「時代遅れ」のものにしないといけない。

 もう一つは、より抜本的な対策として、マカロニえんぴつのはっとりも提案しているように野外ステージに関しては「日が落ちてからスタート」にすること。もっとも、これは「SUMMER SONIC」のような野外と屋内の複数のステージで同時開催されるフェスに限定された対策で、基本野外のステージが中心となる他のフェスでは採用することはできない。

 また、過去最速でソールドアウトとなった今回の「SUMMER SONIC」東京会場全体の人の密集具合を考えると、会場の一部をある時間まで閉鎖して開催するとなると、大幅にチケットの上限枚数を下げる必要がある。全体のチケット枚数を減らせば、アーティストに払えるギャランティーの減少やチケット料金の値上げに反映されることになる。そうなれば、ケンドリック・ラマーのような現在世界最高峰のアクトのステージを、今や世界的な大型フェスとしてはバーゲンプライスと言える1日券18000円(約120ドル)で体験できるようなことはもう叶わなくなるだろう。

 最後に、「SUMMER SONIC」に来年以降の具体的な改善策を提案するなら、まずスタジアムのアリーナ内(アリーナ内には売店もトイレもなく、人工芝保全のため持ち込めるのも水やお茶などの無糖飲料のペットボトルに限定されている)での飲料や塩タブレットの販売、場合によっては配布も検討すること。また、同じく野外に設置されたビーチステージも、今年は星野源がステージ全体をキュレーションしたこともあって、例年になく人が集まっていて、昨年までのような「スタジアムからの一時退避所」としての機能を果たしていなかった。ビーチステージの出演者たちのパフォーマンスは大成功と言えるものだったので、来年以降も同趣の好企画を期待したいが、その場合、ステージの周辺に日陰となる場所を増やすなど会場全体の設計の見直しが必要だと思う。

映画・音楽ジャーナリスト

1970年、東京生まれ。上智大学文学部フランス文学科卒。映画サイト「リアルサウンド映画部」アドバイザー。YouTube「MOVIE DRIVER」。著書「1998年の宇多田ヒカル」(新潮社)、「くるりのこと」(新潮社)、「小沢健二の帰還」(岩波書店)、「日本代表とMr.Children」(ソル・メディア)、「2010s」(新潮社)。最新刊「ハリウッド映画の終焉」(集英社)。

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