Yahoo!ニュース

「自分たちの海は、自分たちで守る」伊豆大島・高校生ライフセーバーの挑戦

白珠ケケドキュメンタリー作家、アニメーション作家

海水浴シーズンになり、全国的に水難事故が相次いでいる。「自分たちの海は、自分たちで守る」。そんな思いを胸に、島を訪れる観光客を守るため2021年に結成された「伊豆大島ライフセービングクラブ」。22年夏に1つの浜を無事故で守った実績が評価され、23年は3つの遊泳場の監視を任されることになった。だが、人口減少が進む島で、夏の間だけの監視活動に参加してくれるメンバーを見つけるのは至難の業だった。地元の海での水難事故をどうやって防いでいくか。人材不足に悩む中で白羽の矢が立ったのは、夏休み中は平日の監視活動にも参加できる伊豆大島の高校生たちだった。

■伊豆大島の遊泳場の現状
東京都の伊豆大島は都心からのアクセスも良く、夏場は多くの海水浴客でにぎわう。2019年までの夏休みシーズンには5万人近くが来島したが、コロナ禍で一時は2万3000人まで落ち込んだ。22年の夏は3万7000人まで回復。新型コロナが「5類移行」した今年の夏は多くの観光客の来島が見込まれ、島の観光業界にとっても重要な年になる。

伊豆大島ライフセービングクラブは、「自分たちの海は自分たちで守る」という思いに賛同した島民が中心となり、21年に結成された。それまで島の海の安全を担っていたのは島外の監視業者だった。22年夏、島外の会社が日の出浜とトウシキ海岸を、実績のなかった伊豆大島ライフセービングクラブは弘法浜1浜のみ監視を任されていた。ところが22年夏、業者が監視していた日の出浜で、溺れた子を助けに行った父親が死亡してしまう事故が起きた。
一方、伊豆大島ライフセービングクラブは、観光客と積極的にコミュニケーションをとり、海に不慣れな海水浴客を把握しながら海の安全を無事故で守り切った。大島町はそれを評価し、今年は弘法浜に加え、日の出浜、トウシキ海岸の3つの遊泳場の監視を伊豆大島ライフセービングクラブに依頼した。3つの浜を守るには、当然、それだけの人材が必要だ。炎天下で海を見守る体力、確かな救助スキル、そして海開き期間中に平日でも活動可能な人材が夏の監視活動には望ましい。

日本のライフセーバーは、大学のサークル活動がきっかけで始めた人が多い。ただ、伊豆大島に大学はない。夏の監視活動に望ましい人材を集めるには、高校生に頼らざるを得なかった。

■高校生ライフセーバーの誕生
都立大島高校に通う、植松詢也くんの趣味は泳ぐことだ。昨夏の大会を最後に先輩たちが卒業し、詢也くんは島の高校でたった1人の水泳部員になってしまった。大学がなく、就職先も限られるこの島では、高校生は卒業するとほとんどが島を離れざるを得ない。ただ詢也くんは、将来やりたいことが見つからずに焦っていた。

「将来やりたいことを見つけるために、何にでも挑戦して自分にしっくりくるものを見つけるまで模索します」

昨年夏、詢也くんは水泳部顧問の首藤文子先生の誘いで、弘法浜でのライフセービング活動に参加した。

「昨年、自分たちが守っていない浜で痛ましい事故があり、水難事故は身近に起こる事故なんだなということが身にしみて分かりました。いざという時に自分で判断して動けるように、資格を取得したいと思いました」

今夏のパトロールに向けて、本格的にライフセービング資格を取得しようと決意した詢也くんは、真冬の2月の海で開催されたサーフ講習会に参加した。補助救助者とのアイコンタクト、複雑な救助手順など、水泳部では普段行わないトレーニングで失敗を繰り返しながらも、少しずつライフセービングの技術を習得していった。

「普段からプールや陸上で走っているんですが、砂浜や海を走るのは体力がいるし、溺者を引っ張ってくる時は自分の泳力だけではどうにもならない時があるので、日々のトレーニングが大切だなと感じました」

4日間の講習会を無事に終え、詢也くんを含め3人の高校生が「ベーシック・サーフライフセーバー」の資格を取得した。

■講習会を経てからの課題

「資格を取る前は、水難事故の報道をみても、『ああ、悲しいな』くらいだったんですけど、資格をとってからは、次は自分たちが助けなきゃいけないって、意識が変わりました」

資格を取得してからも、詢也くんが現場でライフセービング活動をするまで課題は尽きなかった。シャイな性格の詢也くんは、自分から人に声をかけるタイプではない。一方、ライフセーバーは海水浴客には可能な限り声をかける。コミュニケーションをとることで、初めて海に来た客であることを知ったり、海の状況や注意点について伝えたりできる。

クラブ代表である角田龍次郎さんは、こう言って詢也くんを励ましている。「各浜にいろんな人が来て、いろんな人とコミュニケーションを取るのが仕事だから。それってすごい社会勉強になるよ。無視されたりすることを恐れないで」

レスキューで自分より体格のいい大人の男性を引っ張ってくるのは、未成年の詢也くんには大変なトレーニングだった。資格講習会の時も、体格のいい同級生を浜まで運ぶのに苦戦していた。「でも溺者を選ぶことはできないので、練習をがんばります」

経験のあるライフセーバーを招いて夏に向けた練習を行うシミュレーション講習会。龍次郎さんを溺者役にして、体が覚えるまで「チューブレスキュー」を何度も繰り返し練習した。講習会後半にはボードとランのレースが行われ、競走する中でレスキューに向かうスピードを高めて行った。詢也くんは厳しい練習を通じてクラブ員たちとの絆を深め、少しずつ自信をつけていった。

■人材をどう集めるのか?
1つの浜を守る監視員は3人、うち1人は資格保有者でなければならない。島内3つの浜全てを守るには最低9人、資格保有者3人が必要だ。昨年、弘法浜を守った際にも人手不足を感じていたクラブにとって、島での人材確保は大きな課題だった。人手はなかなか集まらず、海開き1カ月前の時点で1日5人不足している日もあった。昨年から浜に立っていた詢也くんも、平日の人手不足に危機感を持っていた。

「平日は大人の方が仕事で出れないので、高校生が率先して行かないといけないと思った。それで大島高校の生徒に積極的に声かけさせてもらっています」

詢也くんがクラスメートや先輩などに参加を募ったところ、2人の生徒が参加してくれることになった。

一方、大島高校でも防災推進指定校の活動の一環として、生徒を対象に「BLS・ウォーターセーフティ講習会」が実施された。ライフセービングは本来、どんな人でも参加できる活動だ。本場のオーストラリアでは、車椅子のライフセーバーが放送係として活躍していたこともある。もっとも、いざ傷病者に遭遇すれば、とっさに対応できる知識と技術が必要になる。BLS(一時救命処置)コースでは、そうした緊急時に対応するための心肺蘇生とAED(自動体外式除細動器)の使い方を学ぶ。

ライフセービング活動をするには、水辺で自分の身を守れる知識も必要だ。溺者を救助に行って自分も一緒に溺れてしまう可能性があるからだ。「ウォーターセーフティコース」は、ライフセービングの最も基礎となる知識と技能を学び、水辺での事故防止につなげるのが目的だ。

医療体制が本土より整っていない島では、事故が起きた時の最初の応急処置が生死を分けることになりかねない。救急隊や医師へと引き継ぐまでの数分間、高校生が応急処置対応できるとなれば、島にとって非常に頼もしい存在となる。この講習会では9人の高校生が資格を取得した。

高校生だけでなく、平日もシフトに入れる大人や島に縁のある島外の住民など、クラブの活動に協力してくれる人たちは少しずつ増え、最終的に高校生から80代までの47人が集まった。

詢也くんが声をかけた高校生のうち1人は、保護者の意向で不参加となった。それでも12人の生徒が監視活動に加わった。そのうち10人は資格を持ち、確かな戦力として活躍している。全国的に人手が足りないライフセービング業界では異例のことだ。

■夏のはじまりと将来の夢

7月20日の海開き。弘法浜、日の出浜、トウシキ海岸の3つの浜では、伊豆大島ライフセービングクラブのメンバーが海を監視していた。熱中症や低体温症でレスキューされる子供たちの姿もあった。

自分が住む元町にある弘法浜の監視を任せられた詢也くんは、初めてユニフォームに袖を通した。昨年は自分から動ける機会は少なかったが、今年は自らボードに乗って沖に出て、積極的に監視活動に参加していた。「知識がいろいろと備わったので、改めて見える景色が違いましたね」

ライフセービング活動を通して多くの人と関わった詢也くんは、地域の課題に気がついた。それにより、将来進むべき方向も見えてきた。

「昨日3者面談があって、大学を推薦で受験しようと考えています。地域についての学びを深める社会学部に非常に興味があって、今年の夏、オープンキャンパスに行く予定です。
人と多く関わってきてるので、地域についてよく知るということが大切だなと感じました」

夏休みシーズン真っただ中。多くの海水浴客でにぎわう地元の海を、伊豆大島ライフセービングクラブが見守っている。

[クレジット]

監督・撮影・編集 白珠ケケ
プロデューサー  細村舞衣

記事監修     国分高史
         中原 望

Special Thanks  Documentary Study Group
         伊豆大島ライフセービングクラブ
         (敬称略)

ドキュメンタリー作家、アニメーション作家

1988年佐賀生まれ、岐阜育ち。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻7期修了生。実写とアニメーションのあいだで、感情・感覚・記憶などの目に見えないものの表現を探究している。5歳の時に亡くなった母の記憶を辿りながら制作した作品「おもかげたゆた」がイメージフォーラムフェスティバル2017 【寺山修司賞】を受賞。制作を通じて自分の生い立ちやトラウマに向き合うという経験から、作品の持つ人の心の傷を癒す力に感心を持つ。映像を通してひとの気持ちに寄り添い、心の声を届けることを志にドキュメンタリー制作を行う。現在、より深く心について学ぶために心理学を勉強中。

白珠ケケの最近の記事