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官民ファンドの蹉跌は日本社会の象徴

橘玲作家
(写真:ロイター/アフロ)

鳴り物入りで始まった国内最大の官民ファンド、産業革新投資機構(JIC)が経済産業省と対立し、社長や民間出身取締役全員が辞任するという異常事態になりました。報酬や運用方針について経産省官房長と文書を交わしたにもかかわらず、高額報酬への批判が高まると一転して報酬案を白紙撤回し、運営に国の関与を強めようとしたことが混乱の原因とされています。

世耕経産相は「事務的な不手際」があったとして事務次官を厳重注意処分にしましたが、社外取締役の弁護士は「すでに有効に成立した契約の効力について、このような主張をするのは、法治国家の政府機関として法律的に納得を得られるものではない」と述べており、JICの取締役会が官房長の文書を「契約」と見なしていたことは明らかです。そのことに触れられたくないからことさらに「事務的」を強調し、事務次官と大臣の給与を自主返納することにしたのでしょう。

安倍政権の成長戦略の一環として、官民ファンドは各省庁の主導で、「民間が手を出しにくい事業にリスクマネーを提供し新産業を育てる」という目標を掲げて2012年以降に乱立しました。しかし会計検査院の調査では、310億円の投資で44億円もの損失を出したクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)をはじめとして、14ある官民ファンドのうち6つが損失を抱えていることが明らかになって強い批判を浴びました。JICはこの反省から、政府からの独立性を高め、金融のプロが迅速に投資活動できるようにすることで、日本に「エクイティ文化」を根づかせるという高邁な理想でスタートしたとされています。

しかし、官民ファンドはもともと、各省庁が自分たちの権益を強化し天下り先を確保することを目論んでつくったものです。その最たるものが経産省所管のクールジャパン機構なのですから、その官庁に失敗の後始末を任せるのは「盗人に追い銭」というか「焼け太り」そのものです。最初はきれいごとをいってそれなりの人材を集め、あとから自分たちの好き勝手にやろうと画策していたのに、思わぬところで批判の火の手があがったため慌ててちゃぶ台をひっくり返したというのが真相でしょう。

そもそもお役人のいちばんの仕事は国民の税金を私物化することで、政治家の仕事はそのおこぼれに預かることです。「政府から独立した官民ファンド」などというのは定義矛盾で、お役人になんの役得もない組織など最初から成立するはずはなかったのです。

日本は「先進国のふりをした身分制社会」なので、お上は下賤な者との契約などいつでも勝手に反故にしていいと考えています。相手に辞任を迫りながら自分たちは「注意」と「自主返納」でけじめをつけたと言い張るところにも、政治家やお役人の選民意識がよく表われています。そんな国を「法治国家」と勘違いしたことが、ひどい目にあったJICの社長や民間取締役の蹉跌なのでしょう。

個人的には、日本がどのような社会なのかを広く国民に示すためにもうちょっと頑張ってほしかったのですが、バカとつきあって貴重な人生の時間をムダにすることを誰にも強いることはできません。その意味では、こうした終わり方になるのも仕方なかったのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2018年12月21日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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