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米妊娠中絶手術に死刑を提案する州も「中絶手術をした医師がレイプ犯より重罪とは茶番」とレディー・ガガ 

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
アラバマ州議会議事堂の前で、妊娠中絶禁止法案に抗議する人々。(写真:ロイター/アフロ)

 人工妊娠中絶手術を行った医師は最長禁錮99年。

 人工妊娠中絶手術を重罪とするアメリカでは最も厳格な人工妊娠中絶禁止法案が、米国時間5月15日、アラバマ州で成立し、全米で大きな波紋を呼んでいる。禁錮99年というのは、実際、終身刑を言い渡されたも同然だ。

 しかも、この法案では、レイプや近親相姦で妊娠した場合での中絶手術も認めていない。唯一認められるのは、母体に危険が及ぶ場合と胎児に致命的な異常がある場合のみ。なお、中絶手術を受けた女性には刑事責任は問われない。

テキサス州は死刑も考慮

 アラバマ州での法案成立に先立ち、5月7日、ジョージア州では、胎児のハートビート(心音)が確認された場合(妊娠の6週目頃)、中絶を禁止するという「ハートビート法案」が成立した。「ハートビート法案」は16州で提案され、ジョージア州以外では、オハイオ州、ミシシッピー州、ケンタッキー州、アイオワ州、ノースダコタ州ですでに成立している。成立したどの州でもまだ施行されてはおらず、今後、裁判で争われることが予想されている。

 アラバマ州に続いて、米国時間5月16日には、ミズーリ州でも中絶禁止法案が州議会上院で可決、17日に下院で可決して知事が署名すれば、同州でも中絶禁止法が成立するが、下院は共和党優勢で知事もこの法案を強く支持しているため、間違いなく成立するだろう。同州の場合は、妊娠8週間以降の女性(レイプや近親相姦で妊娠した場合も含む)の中絶手術を行なった医師は禁錮5〜15年の罪が科される。

 妊娠中絶禁止法はさらに厳格化する可能性もある。テキサス州では、人工妊娠中絶を行なった女性に第一級殺人罪を課す法案 "Abolition of Abortion in Texas Act"(テキサス中絶全廃法)も議論されている。テキサス州の場合、第一級殺人罪が課されると死刑となる(texas-abortion-bill-would-allow-death-penalty-used-against-women)。

 保守派による妊娠中絶禁止に向けた動きは高まるばかりだ。

セックス・ストライキで抗議

 当然のことながら、著名人からは「アラバマの法律は恐ろしい。なんという悪夢だ」、「本当にアメリカでこんなことが起きているのか」、「ひどいことだ。戦わなければならない」など驚愕や抗議の声が上がっている。

 法案成立に先立ち、逸早く抗議行動に出たのは、#MeTooムーブメントの火付け役となった女優のアリッサ・ミラノ氏。ツイッターのハッシュタグ#SexStrikeで、「私たちが身体的主体性を取り戻すまでセックスをやめよう」とセックス・ストライキを呼びかけ、人工妊娠中絶禁止法案に抗議した。

 また、CNNに「今セックス・ストライキをする理由」と題する意見文を掲載、

「生殖権(性と生殖に関する健康とその権利)が目の前で剥ぎ取られようとしている。女性に二流市民として対処しようとする試みはどんどんひどいものになっている。私たちは、生殖権に対する暴行に立ち向かう必要がある。私たちは力を合わせて、あらゆる手段で、基本的人権や尊厳が制限されるのを拒否しなければならない。人工中絶禁止法案は常軌を逸している。中絶は女性の問題であるだけでなく、人権問題であり、労働問題であり、公衆衛生問題であり、全ジェンダーの問題だ」

と強く訴えた。

 女優のウーピー・ゴールドバーグ氏は、トーク番組The Viewで、人工妊娠中絶が合法化される前に行われていた恐ろしい堕胎法を思い出させて抗議。

「合法化されたのは、闇ではなく、適切な場所で中絶が行えるようにするためよ。女性は産めない時、風呂場や放棄されたアパートで中絶していた。ドレーノ(排水管の詰まりを取る洗剤)やタイド(洗濯用洗剤)をお茶やコーヒーとかいろんなものに混ぜて飲んだり、階段から身を投げ出したりしていた。そんなことが起きないようにするために、人工妊娠中絶が合法化されたの」

 レディー・ガガ氏はツイートで、

「人工妊娠中絶手術をした医師はレイプ犯よりも重罪が課されるの? 茶番だわ」

と法案を叩いた。

男性は精管切除手術を

 また、アラバマ州で法案に賛成票を投じた25名は全員白人男性だったことから、「彼らが精管切除手術を受けなければならないような法律を作るべきだ」という声も上がっている。

 アメリカでは、1973年、人工妊娠中絶を規制する州法を違憲無効とする「ローvsウェイド裁判」が行われ、女性が人工妊娠中絶手術を受ける権利が連邦法として認められた。今回、中絶手術に反対する保守派はこの法律を覆し、連邦レベルで中絶手術禁止を認めさせる方向へ持ち込もうとしている。

 中絶権利擁護派(プロ・チョイス)と中絶反対派(プロ・ライフ)で係争となり、最高裁で争われることになった場合、最高裁判事は、昨年、レイプ未遂で告発されたブレッド・キャバノー氏をはじめとする保守派が優勢だ。保守派は、今ほど、1973年に認められた連邦法を覆す絶好のタイミングはないと息巻いていることだろう。

 トランプ氏も就任間もなく中絶反対の姿勢を示し、人工妊娠中絶を支援する非政府組織への助成を禁じる大統領令に署名をしている。

 先日、ある選挙集会に来ていた若い女性がこんなことを言っていた。

「トランプ氏を支持しないのは、彼が、“昔のアメリカ”に回帰しようとしているからよ」

 人工妊娠中絶手術を受ける権利が認められて46年。トランプ氏は半世紀前のアメリカに時計の針を戻そうとしているのか?

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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