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政治はいつもポピュリズム

橘玲作家

この原稿が掲載される頃には新しい日本の政治の枠組みが決まっているわけですが、そもそもこの国ではどのように政策がつくられていくのでしょうか?

2006年に成立した改正貸金業法の論点は多岐にわたりますが、その趣旨は明快で、「高利貸しが多重債務者問題を引き起こし、それが年間3万人を超える自殺者を生むのだから、上限金利を引き下げて高利の貸付けを違法にするとともに、利用者が収入に対して分不相応な借金をしないよう規制すればいい」というものでした。しかしこの耳障りのいい政策には、さまざまな問題があります。

まず事実として、イギリスには金利の上限規制がありません。当事者同士が納得しているのであれば、公序良俗に反しないかぎりどのような契約も自由であるべきだと考えられているからです。イギリスで上限金利導入の議論が起きたときに、「資金を必要としているひとが借りられなくなる」と真っ先に反対したのは消費者団体でした。

もちろんアメリカをはじめ先進国の多くは上限金利を定めていますから、イギリスの政策が絶対に正しいというわけではありません。この“社会実験”で明らかなのは、上限金利と自殺は関係ない(イギリスの自殺率は日本の4分の1)ということです。

上限金利の引き下げ(グレーゾーン金利の廃止)よりも問題なのは「総量規制」です。「1社で50万円、または他社と合わせて100万円を超える貸付けを行なう場合には、年収の3分の1を超える貸付けを原則として禁止する」というものですが、すくなくとも先進国でこのような規制を行なっている国はひとつもありません。

こうした「日本オリジナル」の政策が生まれた背景には、違法なヤミ金も正規の消費者金融もいっしょくたにして、「高利貸しという存在自体が社会悪だ」と決めつける『ベニスの商人』的な偏見があります。

貸金業法の改正を推進したのは“人権派”の国会議員と日弁連でした。彼らの論理は、高利貸しという悪に制裁を加え、国民に節度のある借金をさせれば多重債務者問題は解決するというものでした。たしかに法改正(と最高裁判決)によって、この世の春を謳歌していた大手消費者金融は経営破綻するか、銀行に吸収されて消滅しました。しかしその一方で自殺者は一向に減らず、経済格差や貧困の問題はより悪化しています。

これは、考えるまでもなく当たり前の話です。

家計が苦しくなるひとが増えたから、彼らの資金需要にこたえる金融業者が登場したのであって、金融業者をスケープゴートにしても貧困という根本的な問題が解決するわけはないのです。

イギリスでは、総量規制はもちろん上限金利すらなくても社会は健全に運営されています。それに対して日本では、いくらまでなら借金していいのかを国家が国民に指導しています。改正貸金業法は、「日本人は金銭の自己管理すらできない愚かな民族だ」と世界に向けて公言しているのです。

総量規制を含む改正貸金業法は、勧善懲悪を好むマスメディアの大きな支持を受けて成立しました。この国では多くの愛国者が“自虐史観”を批判しますが、ポピュリズムから生まれた“自虐政策”に反対するひとはなぜかほとんどいないのです。

参考:作家・橘玲×増原義剛対談「改正貸金業法は失敗だった! ポピュリズムに毒された政治の敗北」

『週刊プレイボーイ』2012年12月17日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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