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不甲斐なさを爆発させたグルージャ盛岡。大分トリニータとドロー。

川端康生フリーライター

怒声と罵声からゲームは始まった

開始11分、怒声と罵声が響いた。

なんでだよっ! 何やってんだよっ!

ピッチの中と、スタンドの上から、ほとんど同時に。

GKとDFが交錯。やらずもがなの先制点を与えてしまったからだ。

やるせなさの発露。不甲斐なさへの苛立ちと、立ち向かおうとする意志の衝突。

グルージャ盛岡の現在地を象徴するシーンだった。

ここまで12戦してわずかに1勝。最下位。しかも相手の大分トリニータは、地元記者からみても「3年前はJ1にいたチームだからね。やっぱり……」。格上である。

開始早々に1点を“プレゼント”していいはずはなかったのだ。

だが、グルージャはひるまなかった。

前へ。相手にプレッシャー。絡みつく。奪い……取れない。だが、再び絡みついて、もつれて、倒れて、起き上って。

「苛立ち」の強さが、「意志」をより固くしたような、そんな闘いぶりを見せ始めたのだ。

「ひどい試合」が原動力

伏線は前節にあったようだ。

神川監督が何度も言った。「前節お恥ずかしいゲームをしてしまって」「前節ひどい試合だったので」「その思いだけで、この1週間やってきた」「出てなかった選手までとばっちりで怒られて」「この試合では走ってる姿しか見せないくらいの気持ちで」

前節、福島ユナイテッドに1対3で完敗した「恥ずかしくて」「ひどい」試合が、このゲームの原動力になって、選手たちを衝き動かしていたのである。

怒声と罵声の失点から始まった試合ではあった。しかし、グルージャはそれからの30数分を無失点で乗り切り、それどころか少しずつモメンタムを手繰り寄せて、風下の前半を終える。そして、引き揚げたロッカールームではGK土井が「みんなの前で『すまん』と……」。

このときチームはすでに蘇生していた。まだ1勝しかしてない。最下位。あげくに不用意な失点で、3年前までJ1の相手に0対1。明らかに逆境である。

それでも蘇生したチームにおいて、逆境はエネルギーに転化する。不甲斐なさが闘争心として発散されたように、苛立ちが強ければ強いほど、一人一人の意志も固く結ばれる。

豪快なミドルシュート

後半3分、右サイドから縦へグラウンダー、ワンタッチ、そのまま縦へ。鈴木が右足を振り切ったとき、まずどよめき、次の瞬間、歓声に変わった。

ゴール。それも豪快でビューティフルな。1対1。追いついた。グルージャの前へのベクトルが力強くなる。背中からの風が勢いに加速をつける。

左サイド。後半から登場した井上が小気味よくドリブル。立て続けにコーナーキック。グルージャの攻勢は続いた。

前半1本だけだったシュートが、1、2、3……終わってみれば8本を数えた。同点弾の鈴木は、その後も右サイドを長躯攻め上がり、やはり何度もスタンドをどよめかせた。

コーナーキックにいたっては後半だけで6本。

勝利に近かったのはグルージャだった。

しかし、歓声が響いたのは、豪快でビューティフルなあの一発だけ。1対1のまま長いホイッスルが鳴った。タイムアップ。

だからスタンドからは溜息が漏れた。残念。そして、だからこそ拍手が起きた。残念、でも納得。

厳しく、厳しく、厳しく

試合後、神川監督。

「お恥ずかしくて、ひどいゲームを取り返すのは、やっぱりゲームしかない。今日はサポーターから拍手をしてもらえた。少なくとも『もう1回見てやろうかな』と思ってもらえる試合はできたのではないか」

リバウンドメンタリティが、この日のグルージャを活性化した。不甲斐なさが闘争心に火をつけ、選手たちをボールとゴールへと駆り立てた。それが見応えのあるゲームを実現できた背景だった。

しかし、もちろんそんなモチベーションが長続きするわけではない。安心すれば再び意識は薄れるし、そのあげくに不甲斐なさに馴れてしまえば、再浮上はもはや困難になる。あとは自己追認しながらの安住と退屈の日々に陥ってしまう。

だから、長き教育者だった神川監督は、こう付け加えた。「(3年前までJ1の)大分相手のドローに選手は自信を持つのでは?」という質問への答えだ。

「自信ですか……自信を持つのを邪魔する気はありませんが、僕としては自信というより、より厳しく、厳しく、厳しく。このクラブの選手は浮つくところもありますし。評価は次の試合をぜひ見てください。とにかく歩みを止めてはいけないと思っています」

サポーターへの、地元メディアへの、そして何より選手へのメッセージである。

大分のJ2復帰は

一方、トリニータ。

「連勝してて今日も勝ち点3を獲るつもりだったが、1で終わってしまった。盛岡の攻勢に受けに回ってしまった。盛岡の勝ちたい気持ちが伝わってくるようなゲームだったと思う」と片野坂監督が相手を讃えた通りのゲームではあったが、個々のスキルには明らかに力量差があった。

一人一人を見れば、「元J1」「前J2」の名残りは確かに感じられていたのだ。

それを結果に結びつけられなかったのは、スマートさに欠けたからだ。

グルージャの捨身とも言えるプレッシャーをいなして、かわして、あるいは受けて、反転して……。そんな相手の“必死さ”を逆手にとるような戦い方は、まったく見られなかった。

その意味では、この試合のトリニータからは“格上感”らしきものが、残念ながらほとんど漂ってこなかった。

もっと表面的なことを言えば、前半、後ろからつなぐグルージャの弱いパス(著しくパススピードが遅かった)をひっかけて何度も作ったチャンス。あれを決めていれば、相手を蘇生させることはなく、勝ち点3を持ち帰ることもできたはずだ。

目下3位。J2復帰のためには、早目に実力を発揮して抜け出さないと、そんな気がした。

終盤戦までもつれると、思いの外、苦しむことになるかもしれない。

スポーツ立県、岩手

それにしてもサッカーが見やすいスタジアムだった。スタンドの反応もビビッドで、岩手が「サッカーどころ」だと再確認しながらの観戦だった。

盛岡商業や遠野高校があって、東北リーグ(1部)にはガンジュ岩手や盛岡ゼブラ、富士クラブがある。県内各地にはグランドやトレーニング施設が点在し、県協会のフットボールセンターまである。

そういえば、今秋には「希望郷・いわて国体」も行なわれる。その準備の意味合いもあるのだろうが、岩手県も盛岡市もサッカーだけでなく、あらゆる競技の施設作りに精力的に取り組んでいる。

もちろん、その施策は2019年にラグビーワールドカップが開催される釜石をはじめとした、沿岸部の被災地にも及ぶ。

とにかく岩手と盛岡は、いま「スポーツ」にとても熱心なのだ。

付け加えるならば、そんなふうにスポーツを「する」環境が充実していくのと並行して、「見る」「応援する」対象として期待を集めているのがグルージャ盛岡ということになる。

盛岡の、岩手のシンボルとして、地域のスポーツを牽引する存在に――それがグルージャのミッションでもあるのだ。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

誰がパスをつなぐのか

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