素晴らしき強制労働社会
“日本の将来を決める”選挙戦が始まりました。といっても、日本にはどのような将来の選択肢があるのでしょうか?
これまでは、「アメリカ型の新自由主義か、北欧型の福祉社会か」といわれてきました。“弱肉強食”のアメリカ型新自由主義(ネオリベ)は世界金融危機で破綻したとされていますから、残された選択肢は消去法で北欧型の福祉社会しかありません。
しかし不思議なことに、「もっと福祉を」の大合唱は聞こえてきません。日本国の借金が1000兆円もあるからでしょうが、それだけが理由ではないようです。北ヨーロッパの福祉社会を視察した労働組合幹部などが、帰国後は一斉に口をつぐんでしまったからです。
彼らはそこでいったい何を見たのでしょうか?
ワーク・ライフ・バランスや社会参画で一世を風靡したオランダは、男女平等で自由な働き方を実現しながら、きわめて効率が高いことで知られています。オランダの就業者1人あたりの労働時間は年1392時間で、労働生産性(就業者1人当たりの単位労働時間のGDP)は53.4ドル。それに対して日本の労働者は平均1785時間で労働生産性は37.2ドルしかありません。日本人はオランダ人よりはるかに長く働いて、その労働は7割程度の価値しか生み出していないのです。
だったら日本の社会制度を、オランダのように変えてしまえばいいのではないでしょうか。
ヨーロッパはEUの労働政策で「同一賃金、同一労働」が徹底されています。そのうえオランダは、96年の「労働時間差別禁止法」で、労働時間の違いに基づく労働者間の差別が禁止されました。
さらに00年の「労働時間調整法」で、労働者に労働時間の短縮・延長を求める権利が認められ、翌01年の「労働とケアに関する法律」では、出産・育児休暇や介護休暇の制度が大幅に拡充されました。なにもかも労働者にとっては素晴らしい話ばかりです。
一連の改革の結果、オランダでは「アルバイト」や「パートタイム」がなくなりました。勤務時間で労働者を差別せず、どれだけ働くかを決めるのは労働者の権利なのですから、1日1時間しか仕事をしなくても立派な「正社員」なのです。
ところで、「非正規」がみんな正社員なるということは、これまで正社員に認められていた特権がすべて「差別」として廃止されるということです。年功序列や終身雇用も当然なくなり、50歳の部長でも、アルバイトと同じ仕事しかしていないなら、給料も同じになってしまいます。
もちろん福祉社会のオランダでは、失業しても生活の心配はありません。失業保険をもらいながら、再就職のための教育訓練まで受けられます。
これも素晴らしい話ですが、そのかわり04年に施行された「雇用・生活保護法」で、18歳以上65歳未満の失業保険受給者は原則として全員が就労義務を課せられ、「切迫した事情」を立証できないかぎりこの義務は免除されないことになりました。
先進的な福祉国家では、社会に参画(貢献)する意思と能力を持った“市民”だけが手厚い保障を受けられます。
理想の福祉社会は、強制労働社会でもあったのです。
参考文献:水島治郎『反転する福祉国家 オランダモデルの光と影』
『週刊プレイボーイ』2012年12月3日発売号
禁・無断転載