新たな英首相、9月初旬までに決定か ジョンソン首相の劇的党首辞任表明
英国のジョンソン首相が、7日、与党保守党の党首を辞任する意向を表明した。
5日以降、閣僚や政府関係者が次々と辞任し、事実上、政権の運営が困難になると同時に、辞任コールが急速に高まった。
辞任コールのきっかけは、保守党議員幹部の痴漢行為が明るみに出て、首相がこの人物の性的問題行動をいつ知ったのかが焦点になったが、ジョンソン氏が言い訳を続けたことだった。当初は「知らなかった」、次第に「報告されたが、忘れた」、最後は幹部への任命は自分だったので、「間違いだった」と謝罪した。
この議員の性的問題行動に限らず、ジョンソン氏は2019年の首相就任当時から、苦し紛れの言い訳や嘘が多かった。自分に親しい議員はスキャンダルを引き起こしても、かばってきた。
「そんなことだけで、辞任?」と不思議に思う方もいらっしゃるだろう。
しかし、数々のスキャンダルの後で(最も著名な例が、「パーティー疑惑」で、新型コロナのロックダウン時、官邸で複数のパーティーに参加)、「信じられない人」という印象を与えてしまった。
「とてもじゃないけど、ついていけない」。一言でいうと、そういう感情だ。特に、首相の言い訳につじつまを合わせるために、テレビやラジオの番組に出演して、「それは違います」と真面目な顔で説明せざるを得なかった何人もの閣僚にとっても、疲労感一杯となった。
「清廉潔白」だったのに・・・
5日以降、閣僚や政府関係者から辞任届の書簡が次々とジョンソン首相に送られた。7日昼までにその数は60通に近づいた。たった2日でこれほどの数字になるとは、前代未聞だ。
首相は穴を埋めるために、別の議員を閣僚に任命したが、とてもじゃないが、追いつかない。
辞任届が舞い込む流れを作ったのは、ジャビド保健相とスナク財務相の辞任表明の書簡だ。
スナク氏は現在42歳。40歳になる直前に、ジョンソン氏に財務相に抜擢された。常にジョンソン氏に寄り添って仕事をしてきたが、官邸のパーティーにジョンソン氏とともに出席していたがためにパーティー疑惑に関連付けられ、ロックダウンの規則違反で罰金を払う羽目になった。
小柄で、いつもアイロンがピンとかかった真っ白のワイシャツを着るスナク氏は、清廉潔白の政治家として注目されてきた。次期首相候補の一人でもある。
しかし、ジョンソン氏と行動をともにしたことで、規則違反で罰金を課されてしまったのである。清廉潔白のイメージに傷がついてしまった。
スナク氏は辞任表明の手紙の中で、国民は政治に「真剣さ」を期待している、と書いた。
また、6日にはジョンソン氏とともに新たな経済政策を発表することになっており、首相の方は大幅減税を構想していたが、スナク氏はこれに反対していた。コロナ対策で巨額を経済支援に使っており、これ以上負債を増やしたくなかったのだろう。
「国民は真実を知るべきと考える」という表現があった。逆に言うと、減税策を出し続けることで、国庫は大丈夫だと太鼓判を押してしまえば、国民に嘘を言うことになるという懸念があったのではないかと思われる。
「真剣さを期待している」、「国民は真実を知るべき」。こうした表現は控えめだが、首相が「十分に真剣ではない」、「国民に本当のことを言っていない」というメッセージを万感の思いを込めて書いたのではないか、と筆者は感じた。
その後の数々の閣僚・政府関係者らの辞任表明の書簡の文面を見ると、同じテーマが浮き彫りになる。つまるところ、ジョンソン首相には「真剣みが足りない」、「発言が信じられない」ということだ。
信頼感を失っただけで、辞職せざるを得ない?
「真剣みが足りない」、「発言が信じられない」、あるいは「信頼感を持てない」という感触だけで、党首の辞任コールが出て、閣僚らが辞任表を出し、実際に党首辞任につながるというのは、日本にいると、なかなか信じにくいものかもしれない。
しかし、パーティー疑惑をはじめとして、首相の言い訳発言をメディアが延々と報道する間に、ジョンソン氏が「規則、法律を自分は守らなくていい」と考えていることがはっきりしてきた。議員の性的問題行為に甘いことも。
今回の党首辞任は、政策面で特に問題があったわけでも、首相が賄賂を受け取ったなど大きな違法行為を働いたわけでもない。
しかし、「パーティーだとは思わなかった。あれは仕事だった。ロックダウンの規制の違反ではない」と議会で何度も繰り返したことで、議会で虚偽の発言をした可能性が出ている。
個人の文脈で考えてみるとわかりやすい。何度も言い訳を繰り返し、後でそれが嘘と分かり、「こうしよう」と互いに決めたルールを軽視し、自分には適用されないという行動をとる友人・知人とは交友が長続きしないだろう。
「もうついていけない」「もうたくさんだ」「信頼できない」と感じて、交友は止まってしまう。
また、政治家は公人であるから、有権者に模範を示す立場にある。しかし、首相という立場にある人が、後で嘘と判明することを言い続けたら、「この人についていこう」という気が一挙に減少してしまうだろう。
「やっと、この国は再び真面目な国に戻れる」という見出しの記事を作家マックス・ヘイスティング氏が書いている(タイムズ、7月6日付)が、英国の政界の今のムードを良く表している。ヘイスティング氏は元デイリー・テレグラフの編集長で、彼の下でジャーナリストとして働いていたのが、ジョンソン氏だった。
(ジョンソン首相が関与した、数々の言い訳スキャンダルの詳細については、こちらの筆者記事をご参考に。英「ジョンソン首相」身内の裏切り招いた問題思考 )
今後どうなる?
英国では下院で最多の議席を持つ政党の党首が首相となる。
保守党の党首は選挙によって選ばれる。党首選は候補者の絞り込み、候補者の遊説、約20万人の保守党員の投票という段階があるので、通常は2-3か月かかる。
ジョンソン氏は保守党党首辞任の意向を表明したが、首相の職は新たな党首が決まるまでは維持する模様だ。
しかし、9月末、あるいは10月頭までジョンソン氏が首相であり続けることに反対する声も多い。フィナンシャルタイムズの報道によれば、党首選をできうる限りスピーディーに進め、9月初旬には新党首・首相が任命されるための動きが進んでいるという。
党首候補者はまだ確定しておらず、流動的だが、11日朝までに党首選参加の意思を表明したのは11人。もっと増えそうだ。
英政界では、しばらく急展開の動きがありそうだ。