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男子バレー 中垣内祐一が全日本監督に

楊順行スポーツライター
現役時代から"ガイチ"の愛称で人気だった(写真:山田真市/アフロ)

中垣内祐一とは、何十回も取材したし同じくらい酒を飲んだ。よく知られるのは、その頭脳の明晰さ。福井市の中学時代は、それほど勉強しなくても学年トップの成績がめずらしくなかったし、3年時には生徒会長を務め、卒業時には答辞を読んだ。

ただ、県内トップの進学校・藤島高校に進むと、

「"昔神童、いまただの人"でしたね」

という。

「なにしろ、同じクラスから2、3人は東大や京大に行く学校。"やればできるけど、やらないだけ"と逃げ道を作っている僕のような生徒は、ついていけません。入学当初はまだよかったけど、ひどいときにはケツから数えたほうが早いくらい成績が落ちました。酒屋の息子が友人にいてね。その家が学校のそばだったから、授業が終わるとみんなで入り浸って麻雀です。酒屋ですから、酒は売るほどあるし……(笑)。成績が落ちるのも当然でしょう。バレー部には、とりあえず籍があるという程度でした」

ただ高校3年では、そんなバレー部でも北信越大会までコマを進めた。どのローテーションからでも中垣内が打つという、ワンマンチームだったが。それが関係者に評価されていることを知って、大学でもバレーを続けようと高校3年から猛勉強を開始。全国大会の実績がないから推薦の恩恵はなく、一般入試でなんとか筑波大に合格した1986年、持ち前の跳躍力で入学直後から力を発揮する。

ちなみに、大学での同期がサッカーの井原正巳、中山雅史ら。67年生まれにはなぜか優秀なアスリートが多く、野球ならKKや大魔神、テニスの松岡修造もそうだ。中垣内は大学4年時に全日本に選ばれ、そこから92年のバルセロナ五輪など、長く日本のエースを務めたことはよく知られている。

ボールを保持できないのがバレーの魅力

そういう中垣内に、ど直球で質問をぶつけたことがある。バレーボールの魅力とはなんなのか、と。

「一時期、それについてずーっと考えていたことがあります。まずはチームスポーツであって、人と人とのつながりや助け合いによって1+1が3にも4にもなる。さらに相手との読みや駆け引きといった頭脳戦。あるいは、圧倒的パワープレー。でも、これらは団体競技すべてにあてはまることなんですよね。たとえばこれらを、バスケットの魅力といっても通じるでしょう。

ただ、ネットをはさみ、相手と接触しない点がバスケットとの大きな違いです。また、ボールが床についてはいけないスポーツはほかにないんじゃないか、などといろいろ考えてはいるんですよ。VOLLEYはテニスのボレーの意味で、ボールが地面に落ちる前に打つことですからね。ただ、それがバレーの魅力なのか、といわれるとそうともいいきれません。

もちろん、一般的な面白さはいくつもあるんですよ。スピード、仲間との協力、読んで読まれて、チャンスが一瞬でピンチに変わる目まぐるしい攻防。こちらが打った手に対して相手がどう出てくるか、というゲーム性では、囲碁や将棋にも通じるものがあるでしょうね。もうひとつ考えついたのは、チームプレーのボール競技でありながら、ボールを保持することができない、ということです。選手がボールにタッチするのはホンの一瞬で、その一瞬がすべてを左右する。ボールを保持できるのはデッドになったときだけで、こんなスポーツはほかにないんじゃないですか。 

野球、バスケット、サッカー……いずれも、インプレー中に選手がボールをキープできます。たとえばサッカーなら、最初のトラップが若干ぶれても、自分のドリブルの1歩目で修正するこことが可能でしょう。ところがバレーボールは、サーブレシーブがぶれたとしても、それは自分では修正できない。自分のミスは、チームメイトにフォローしてもらう以外にないんですね。ですからバレーボールは、一定以上の技術力がないと、成り立たないスポーツだといえます。だけど自分のミスを自分で修正できないゲームだからこそ、個人技に加えてチームでプレーする度合いが高い。そこに精神的な要素、集中力がからんできて、レベルが上がるほど、ほんの数パーセントの差が結果に大きく影響してくると思いますね。そこが一番むずかしい点であり、同時に魅力なのかもしれません」

どんな高度なプレーも、基礎工事から

ボールタッチがホンの一瞬だからこそ、集中力が要求される……。

「そもそも、集中している状態ってどんなふうでしょうか。たとえば仕事や勉強がスイスイはかどるような、”乗って“いるときがそうでしょうね。脳科学的にいえば、α波が出ているとき。その状態に持っていく方法は、人それぞれです。試合前、トイレの個室にこもる人間もいれば、威勢のいい音楽を聴いて盛り上げるヤツもいる。僕は試合のとき、意識的に自分を”怒“の状態に持っていきました。喜怒哀楽の”怒“です。アドレナリンの分泌をコントロールして、火事場のバカ力を出すわけです。もっとも、なかなか自分の思うようにコントロールできないんですけどね。

ただ集中力を発揮するには、体力や技術という基礎工事が前提です。いや逆に、体力や技術がなければ、いかに集中していてもレシーブは上がらない。試合というのは、試験みたいなものです。ふだんの勉強の成果を、どれだけ出せるか。そしていざ試験に臨んだとき、いかに精神状態がよくても、わからない問題はわからないんですから、日ごろからの練習で基礎工事をしっかりしておくわけですね。

たとえば野球だったら、キャッチボールをするのとできるだけ同じ状況でスローイングをするために、グラブの出し方やフットワークを磨いていく。バレーだったら、それまで3歩かかっていた足運びを2.5歩にすれば、むずかしい状況が少しでも楽になる。自分の後方3メートルに上がったボールを、練習のように簡単なオーバーパスにするには、すばやいフットワーク、筋力、反応のすばやさ、判断力、読みなどが必要でしょう。これらを組み合わせ、徐々に洗練していくのが練習ですね。

スポーツのすべての場面は、どんなに高度に見えても、すべて基本の応用だと思う。シチュエーションがむずかしくなっているだけで、いくらサーブが100キロを超えていても、レシーブはアンダーパスです。まず最初に練習するアンダーパスが、基礎工事になるんです。イチローがヒットを連発するのも、そこらの野球少年がやっている素振りの延長でしょう。もっとも、はるかに距離のある延長ですが(笑)」

男子バレーはロンドン、リオと、2大会続けてオリンピック出場を逃している。4年後の東京に向け、きっての理論派がどのような"基礎工事"をほどこすのだろうか。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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