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英国の小説家ロアルド・ダールの表現修正で議論沸騰 出版社による書き換えは許されるべきか

小林恭子ジャーナリスト
映画「チャーリーとチョコレート工場の秘密」で使われた「金のチケット」(写真:ロイター/アフロ)

(英国在住日本人向けの雑誌「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラムに補足しました。)

 数々の児童文学の名作を持つロアルド・ダール(Roald Dahl 1916~90年)の作品を読んだことがあるだろうか。

 「チョコレート工場の秘密」(1964年)は、近年では米俳優ジョニー・デップ主演で映画化されたが、ダールは英国で最も人気があるファンタジー小説および児童小説の作家の1人である。

ロアルド・ダール
ロアルド・ダール写真:Shutterstock/アフロ

 今年2月、ダールの複数の作品が出版社によって「書き換えられていた」ことが発覚し、大きな議論が発生した。

 デイリー・テレグラフ紙の調べによると、ダール作品の出版社パフィンはジェンダー、肥満、メンタル・ヘルスにかかわる数百にも上る表現を変更し、新バージョンとして発行していた。

 例えば「太い」(fat)という言葉が作品から削除され、「少年と少女」が「子どもたち」となり、ある作品の登場人物には3人の息子がいる設定だったが、これが娘たちに変わっていた。「男性」よりも「女性」の方が、今風・・・ということなのだろうか。

 「マチルダは小さな大天才」では、帝国主義的な小説家ラドヤード・キップリングへの言及が別の小説家ジェイン・オ-スティンに変更されていた。

 「悪魔の詩」で知られる作家サルマン・ラシュディを筆頭に、書き換えを非難する声が噴出し、2月24日、パフィンは表現を変えない13作品を「ロアルド・ダール・クラシック・コレクション」として年内に出版すると発表した。新たなバージョンと並列で発行する。

書き換えは以前にもあった

 ダールの作品にはこれまでにも変更が加えられてきた。

 「チャーリーとチョコレート工場の秘密」に登場する小人ウンパルンパは元々はアフリカの特定の民族として描かれたが、人種差別の指摘を受け、ダールが存命中の1970年代に、金色の長髪、肌の色が白い小柄な人々に修正されている。

 2021年、米動画配信大手ネットフリックスがダールの全作品に対する権利を獲得したが、今回の表現変更はその前年から開始されたパフィン社と版権管理会社ロアルド・ダール・ストーリー・カンパニーによる見直し作業の結果、生じたという。

 何十年も前に書かれた作品を再発行する際、見直し作業があることは珍しくない。

 この作業に参加したのが、現代の基準と照らし合わせて不適切な表現を審査する「センシティブ・リーダー」というサービスを提供するインクルーシブ・マインズ社。同社は執筆中の著者とともに作業をしたり、過去の著作を書き直したりする。

 作家イアン・フレミングが書いた、架空のスパイが活躍する「ジェームズ・ボンド」シリーズも新たな書き直しの対象となった。

 フレミングの「カジノ・ロワイヤル」の創刊70周年を記念する全巻の再出版(4月)に際し、作家の著作権管理団体イアン・フレミング・パブリケーションズが、時代にそぐわない不適切な表現を審査するセンシティブ・リーダーを雇用した。

 英国で1954年に出版された「死ぬのは奴らだ」では、翌年米国で出版されるにあたり、「問題を起こしかねない人種に関する語句」を著者の同意のもとに変更していた。

 今回は、米国版での修正を踏襲するとともに「現在では大きな怒りを生じさせ、読書の楽しみを奪いかねない人種に関するいくつかの言葉を変更しながらも、原文とその時代をできうる限り残す」ことにしたという(声明文、2月27日付)。

 ただ、黒人を蔑視する表現は変更されたものの、ほかの人種や同性愛者、女性に対する蔑視表現は残っていると指摘されている(デイリー・テレグラフ紙)。

 時代が変われば、社会通念が変わり、私たちの感受性も変わってくる。これに合わせて原本の表現を変えることの是非が問われている。

 読者の方はどう思われるだろう。

 作家の死後、著作権の管理組織や出版社が変更を加えることについて、割り切れない思いを抱く読者もいるだろう。その一方で、特定の蔑視表現が入っているためにその本を読まなくなる読者がいたら、文学上の損失とする見方もある。

 友人の一人は「あまりにも時代にそぐわない、侮蔑的表現がある場合、読みたくない」という。筆者も実はこの見方に近い思いを持つ。

 しかし、著名なスリラー作家アガサ・クリスティーの小説を基にした映画やドラマはよく見ている。彼女の小説の一部に差別的表現があると指摘されているのだが。

 例えば「そして誰もいなくなった」は、英国で最初に出版されたときの原題は「Ten Little Niggers(10人の小さな黒人たち)」だったが、米国版では「And Then There Were None(そして誰もいなくなった)」に変更された。この「黒人」を意味する英語が人種差別的表現と見なされるからだ。

 ほかにも、いくつかの表現が削除・変更されていたことが分かっている(CNN報道「アガサ・クリスティーの探偵小説を改訂、不快な可能性のある表現削除」)。

 ケース・バイ・ケースで見て行くしかないのだろうか。

 もう一つ、心に引っかかるのは、「著者の死後、書き換えられる」ことだ。著作権を持っている人・組織が決めるわけだが、どうにも居心地が悪い。

キーワード

ロアルド・ダール(Roald Dahl)

 カーディフ生まれの小説家、脚本家。作風の特徴は毒のあるユーモアと風変わりなストーリー展開。「おばけ桃の冒険」、「オ・ヤサシ巨人BFG」など多数の児童文学を書き、映画化作品も多い。ジェームズ・ボンド作品の脚本も担当した。ボンドとダールはつながっていた、というわけである。1990年、74歳で死去。2020年、ユダヤ人への差別的発言について遺族と版権会社が謝罪した。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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