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「強い大統領制」じゃなくてよかった、かも

橘玲作家

来年の米大統領選に向けた共和党候補指名争いで、“不動産王”ドナルド・トランプの勢いが止まりません。世論調査でも30%前後の支持率を維持し、本命とされるジェフ・ブッシュ前フロリダ州知事らを大きく引き離しています。このままでは民主党のヒラリーとの一騎打ちになりそうですが、政治評論家のなかには懐疑的な論者も少なくありません。

トランプが支持されるのは、人気テレビ番組で「お前はクビだ!(You’re fired!)」の決め台詞を連発した圧倒的な知名度や、女優やモデルとの派手な交際もありますが、そのカゲキな発言が、共和党の中核的な支持層である保守的な白人中産階級にアピールしたからなのは間違いありません。

トランプは移民の流入を防ぐためにメキシコとの国境に「万里の長城」を築くと公約し、中国を為替操作による貿易赤字の元凶、日米安保条約を「米国が攻撃されても日本は助ける必要がない不平等条約」と批判します。こうした歯に衣着せぬ発言が、「(かつてあったはずの)偉大なアメリカが失われてしまった」と感じるひとたちを熱狂させているのでしょう。

しかし、極端なマーケティング戦略は政治においては両刃の剣です。トランプがメキシコ系移民を批判すればするほど、ヒスパニックの有権者の拒否感も強くなるでしょう。リベラル層はもちろん、中道右派のなかにもトランプの“政治ショー”に辟易とするひとたちは多く、彼らが大統領選に棄権することで、「相手がトランプならヒラリーの歴史的圧勝は確実」というのが専門家の共通理解になっています。--そのヒラリーもメール問題で炎上していますが。

政治学ではこれを、「中位投票者定理」で説明します。

ネットにはカゲキな意見が溢れていて、このままでは日本の将来は大丈夫かと不安になったりもしますが、「日本は神国だ」とか「資本主義をいますぐやめろ」という党派が主流になることはありません。どちらの主張にも(いまのところ)それに反対する多数派がいるからです。

民主政では相手より1票でも多くの票を獲得した候補者が当選します。政治家はできるだけ多くの有権者から支持を集めなければならないのですから、自らの政治的信念に関係なく、「合理的選択」によってすべての政党は有権者の平均的な政治的立場に近づいていくはずです。

イギリスではかつて、社会階層を背景に保守党と労働党が真っ向から対立していましたが、両者の政策はいまでは区別がつかないまでに酷似してしまいました。これが「中位投票者定理」の好例ですが、アメリカの大統領選では、候補者はまず民主・共和の二大政党のなかで勝ち抜かなければならないため、この原理がうまく働きません。社会が右と左に分断されると、党の支持層に対しては極端な右(もしくは左)の主張をした方が有利になってしまうのです。

日本ではずっと「決められない政治」が批判され、アメリカのような「強い大統領」が理想化されてきました。しかし4年にいちどの壮大な「政治的茶番劇」を見せられると、かつての輝きはずいぶん色あせてしまいます。

いまやアメリカの政治学者のなかには、イギリスや日本のような議院内閣制の方が優れているとの議論もあります。日本国憲法をつくったのは米進駐軍ですが、彼らがアメリカ流の大統領制を持ち込まなかったことを感謝する日がくるかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2015年9月14日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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