南北首脳会談を知らない北朝鮮の民 国内はどうなっているか? 30代の女性に最新情勢を聞く
4月27日の南北首脳会談に世界が注目している。一方で、当事者である北朝鮮の国民が南北会談や非核化の行方をどのように受けとめているのか、経済制裁の影響はどの程度なのか、ほとんど報じられることはない。朝鮮半島情勢が大きく動く中、蚊帳の外に置かれている人々の思いと暮らし、国内の状況について、北朝鮮人の協力者とともに取材した。
◆北朝鮮からかかってきた電話
27日に予定される南北首脳会談の直前、北部の咸鏡北道の都市部に住む李・スンヒさん(仮名)から電話がかかってきた。彼女は30代の既婚者。普段は市場で小商いをしていて稼ぎはまずまず。生活水準は中の上といったところか。
北朝鮮の個人の電話は外国と接続できない。国内に住む取材協力者たちとの通話には、密かに北朝鮮に搬入した中国の携帯電話を使っている。電波が北朝鮮内の数キロまで届くため、日本や韓国に居ながらにして直接通話できる。盗聴される恐れも低く、今回話を聞いた李さんは、金正恩氏にとって初となる南北首脳会談と、非核化について率直に考えを話してくれた。李さんの意見は、もちろん北朝鮮国民を代表するものではないが、庶民の傾向の一つとして考えていただいて良いと思う。
◆南北首脳会談は知らされていない
――27日に南北会談がありますね。その後、5月末~6月頃に朝米会談が続く見通しです。北朝鮮の住民はそれについて知っていますか? 知っているならどう思っているでしょうか?
李 ここでは知らされていませんよ。幹部たちなら知っているかな。私はあなたが教えてくれるから知っているのです。ここ(北朝鮮)では、些細なことさえ秘密ですから。会談すれば韓国が私たちを支援してくれるんですか? コメが入ってきたりしますか?
4月27日の首脳会談は金正恩氏が板門店の韓国側施設「平和の家」にきて行われることが世界に公表されているが、北朝鮮の国営メディアは4月10日に日時と場所を示して「北南首脳相逢」(対面)が行われるとさらりと触れた程度で、韓国メディアが「首脳会談まであと〇日」とカウントダウン式に連日大きく報じているのと対照的だ。李さんと、他の複数の取材協力者によれば、24日時点で、職場や地域で行われる政治学習でも、まったく触れられていない。
――人民班や女性組織、機関、企業所で、南北首脳会談について説明する教養事業はありましたか?
注 人民班は末端の行政組織。戦前の日本の「隣組」に類似。
李 特別なものは何もありません。人民班の会議でずっとやっているのは、「非社会主義」の行動をやめよということです。工場、企業所でも同様です。(資本主義に)警戒心を高めよ、不純分子らの策動が深刻だ、申告体系をしっかり備えよと。
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――南北首脳会談についてよく知らないとのことですが、あなたはどう思いますか?
李 今こちらの外貨稼ぎ(貿易)は、経済制裁ですべて死んだ(止まった)状態です。南北会談をすれば、私たち(庶民)の生活が良くなるのかわからないけれど、民衆に利益があってこそでしょう? どうなるのかな? (政府による)統制が緩まればいいのですが、会談はあまり関係ないように思えます。
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◆トランプも安倍もよく知りません
――米国の大統領のことを北朝鮮の人はどの程度知っていますか?
李 ええと何だったけ、名前は…
――トランプです。
李 ああそうですね、トランプ。名前だけは知っています。オバマと違って、そいつは「戦争狂犬」だと宣伝しているので、私たちもそうなのかと考えています。それ以外は知りません。
――日本の安倍総理についてはどうですか?
李 テレビで安倍というのは聞いたことがありますが、具体的には知りません。日本の商品が入ってこなくなったので、昔に比べて日本への関心がなくなりました。以前は日本、日本と言っていましたが。でも、まだ日本の中古自転車が好まれます。自転車を買うとしたら日本のがいいと。中国のが増えましたが、好みませんね。
注 2006年10月に第一次安倍政権が日本独自の経済制裁を科すまで、日本から大量の中古自転車が北朝鮮に輸出されていた。ほとんどは中国などで組み立てられたものだったが、質が良く北朝鮮で人気を博した。
◆非核化なんてできるのか?
――現在、国際社会では北朝鮮が非核化に動く可能性が議論されています。北朝鮮の住民も知っていますか? 当局は何か説明していますか?
李 朝鮮が核を捨てるなんて、そんなことは知らせていませんよ。我が国に核がなければ、奴ら(米帝国主義)に、十回、百回も飲み込まれていたはずだ、金正恩将軍様の「核と経済並進路線」は正しいと宣伝してきたのに、それをなぜ放棄するでしょうか。
注 核開発と経済改革を同時に進めるとした「並進路線」は、2013年3月に金正恩氏の名で発表され国の最重要方針となった。
――非核化はしないと?
李 核がなければ我われは死ぬと言ってきたんですよ。今になってそれを変えるなんて…。いや、それはお話にならない。核がなければ我われは奴隷として生きることになる、我われは核強国だと、ずっと宣伝してきたわけでしょ。人民もそうなのかと理解しています。もし戦争が起これば、今の時代は核戦争になるから、向うもこっちも皆が死ぬ、だから(奴らは攻撃)できないと言ってきたんです。(金正恩政権は)核を放棄しないでしょう。
<北朝鮮女性インタビュー「核放棄は絶対しないだろう」2018年3月後半>
――政権自身を守るために放棄しないということですか?
李 死んでもしないと思います。私(が金正恩)でもしない。核兵器を、あれほど重要で、自力で苦労して作った、成功したと、テレビでもずっと言ってきました。それを、どうして放棄することになるのかわかりません。(人民に)そう言っておいて、今になって放棄するんだとしたら、人民には知らせず、上の連中が勝手にやるつもりなんでしょう。経済制裁を受けているから、それから逃れようとしているのかもしれない。
◆経済制裁をなぜ受けているのか
――核兵器を捨てることで、もし経済制裁が解かれるならどうでしょう? それとも、制裁を受けても、核兵器を持って米国と対峙するのがいいでしょうか?
李 我われ庶民には制裁が解かれた方がいいに決まっています。使うこともできない核を作って、何の役に立つのかわかりませんが、ずっと核で威嚇し続ければ、将来、韓国からコメが入ってくるのかもしれない。(人民は)皆が商売をして生計を立てているので、核なんて(暮らしと)関係ないですね。政府が個人が商売するのを統制するのだけは止めてほしい。
今、市場で商売する人たちは、制裁を受けているのは核のせいだということもわかっていないんです。あらゆること(情報)を遮断しているから。知らせもしない。(金正恩の)中国訪問のニュースがありましたが、全部(輸出を)遮断されたので、(習近平に)会うために中国へ行って来たんだろうなと思いました。
<北朝鮮女性インタビュー「我われも大統領を選びたい」2018年3月後半>
――では、なぜ制裁を受けると考えていますか、一般の人々は?
李 社会主義への孤立圧殺策動だと言っています。社会主義というのは、世界に我が国しかないからだと。
李さんの言葉から、南北首脳会談や非核化問題について、北朝鮮当局は国民に説明することを意図的に避けてきたことが想像される。首脳会談を機に情報が流入して韓国の影響が拡がることを金正恩政権は警戒しているはずだ。また国を挙げて集中してきた核開発を止めて非核化に転じるとすれば、政策の根本的な転換であり、その正当性を説明できないと金正恩氏の権威と信用が失墜しかねない。
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首脳会談と非核化は、金正恩氏が実現した偉大な業績として国内に向けて宣伝するため、論理とタイミングを慎重に調整しているのだろう。27日の首脳会談の場で「朝鮮半島の非核化」を宣言し、その後国内で宣伝と教育を始める、というのが筆者の見立てである。
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今、北朝鮮国内では、経済制裁によって深刻な影響が出ている。同時に、国民に対する大々的な統制が始まっている。次回は、南北会談の裏側で起こっている国内の状況について報告する。(続く)
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