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高齢化が進む東京・檜原村 持続的な林業再生で途絶えた子供の声を呼び戻す挑戦

後藤秀典ジャーナリスト

山間の集落に途絶えていた子どもたちの声が、38年ぶりによみがえった。2021年11月、都内で一番平均年齢が高い村・東京都檜原村にオープンした村営「檜原森のおもちゃ美術館」。初日には、予想を超える502人の親子が訪れた。建てられたのは、廃校になった小学校の跡地だ。卒業生たちは当初は建設に反対していたが、住民総出で開催した「最後の運動会」を契機に自ら美術館の運営に乗り出した。「(オープンは)ゴールではないんです。これから一歩ずつやっていきたい」。途絶えた子どもたちの声を呼び戻し、主産業だった林業の再生を目指す檜原村の人々の試みとは。美術館の原料となる木材が伐採されるところから、オープン、そして半年たった現在までの1年半を追った。

<都内最高齢の村を「木のおもちゃの村」に>
東京都西部の檜原村は、島しょ部を除けば都内で唯一の村だ。林業が基幹産業で、終戦直後は焼け野原となった都心部に木材を大量に供給していた。だが、1960年代以降、外国産の輸入木材が増大し、80年代以降は木材価格が著しく下落。森林経営は厳しいものになっていった。林業従事者は減少し高齢化が進んでいる。村民の平均年齢は60.79歳と、都内では最も高い。

そうした苦境の中、2014年に村が打ち出したのが「檜原村トイ・ビレッジ構想」だ。村の森林を生かした木工品・おもちゃ産業を育成して檜原を「木のおもちゃの村」にするのが目標だ。おもちゃ作家やデザイナーなどに移り住んでもらえば、さまざまな世代の人口が増える。おもちゃの生産が増えれば原料の木材を供給する林業が再生する。そんな構想の中心となるのが「檜原森のおもちゃ美術館」だ。
村は建設地を、1984年に廃校になった北檜原小学校跡地に決めた。周辺の集落に、ある悩みがあったことも理由のひとつだった。集落の南側には、手入れがされずに生い茂った杉や檜の森があり、集落への日当たりをさえぎっていた。「日が当たる時がなかったんだよね。冬になると寒くて、凍って」とある住民は話す。しかし、森の所有者個人では、伐採する費用を負担できない。そこで村が補助金を出し、森を伐採。さらにその木を使い、森のおもちゃ美術館を建設することにした。一石二鳥であり、究極の木材地産地消だ。

<集落の象徴が取り壊されて……一念発起した卒業生たち>
ただ、北檜原小学校の跡地は、祭りが催されるなど集落の中心であり、象徴でもあった。慣れ親しんだ校舎が解体され、新しくおもちゃ美術館が建設されることに、多くの住民たちは戸惑いを隠せなかった。

小学校のすぐ近くで鉄骨業を営む田村宏さん(60)は、「俺たちの代で(校舎を)つぶすのは本当に嫌だった。ずっと反対していたけど駄目だった」と振り返る。同じ思いを抱いた30~60代の卒業生たちが音頭を取り、2019年11月に「北檜原小学校を送る会」とうたった運動会を開いた。住民をはじめ、村外へ転出した老若男女らおよそ200人が参加し、大いに盛り上がった。田村さんたちは、せっかくこんなにいいお別れ会ができたのなら、その力をほかに向けることはできないかと考え始めた。

一方、村では建設予定の「檜原森のおもちゃ美術館」の運営主体が決まらずにいた。そこで手を挙げたのが、田村さんら卒業生たちだった。「小沢集落におもちゃ美術館ができるのならば、自分たちで運営したい」。こうして塗装業者や木工業者、会社員らが集まり「NPO法人東京さとやま木香會(もっこうかい)」を結成、運営を引き受けることになった。理事長には田村さんが就任。館長には、東京都職員だった大谷貴志さん(56)が就いた。都を早期退職した大谷さんは、館長になった動機をこう話す。

「小学校がなくなり、子どもの声が聞こえなくなった場所だったんですよ。このおもちゃ美術館ができることによって、この地域に子どもたちの声が聞こえる場所がまたできることに、わくわくしてましたね」

<鑑賞する美術館ではなく>
2021年11月4日、「檜原森のおもちゃ美術館」がオープンした。「美術館」と銘打っているが、ここは展示されたおもちゃを鑑賞する場所ではない。館内は木でできたさまざまなおもちゃであふれ、ままごと遊びをしたり、幹に隠れている幼虫を磁石でつり上げたり、木の玉のプールで寝転んだりと、子どもたちが目いっぱい遊べるコーナーが用意されている。木製のおもちゃの多くは、檜原産の木材でできている。屋外にはツリーハウスがあり、よじ登ったり飛び降りたりと、子どもたちが一日中楽しめる施設になっている。「もう帰りたいのに、子どもたちが『まだ遊ぶ』」と言っていて」と、ある母親は困り顔だった。

初日の入場者は502人。途中で入場制限をせざるを得ないほどにぎわった。木香會理事長の田村さんは、「久々に子どもの歓声が戻ってきたなという万感の思いですね」と感慨深げだった。

ひと月以上たった冷たい雨が降る年末のある日。初日ほどではないにしろ、おもちゃ美術館はやはり子どもたちと母親とでにぎわっていた。ある母親は「雨の日に子どもが思い切り体を動かして遊べる場をネットで探していたら、ここに行きついた」と話す。

<ここを起点に村の林業再生を>
オープンからおよそ半年後の2022年4月、週末の午前8時。木香會のメンバーたちは、ツリーハウスの補修をしていた。子どもたちがぶら下がる木の棒がしっかり固定されているかどうか、1本1本確かめていく。緩んだところがあれば、電動ドライバーで締めなおす。作業は10時の開館直前まで続いた。これらはすべて無報酬のボランティアだ。メンバーたちが毎週ここで作業をしていると、近所のお年寄りから「重い荷物を運んで」などさまざまな頼みごとをされるという。メンバーのひとりで塗装業を営む菊池悠さん(39)は、「困っていたら誰かに助けてもらってというのがこの小沢集落のやり方だから」という。おもちゃ美術館は、集落の人々の新たなたまり場にもなってきたようだ。

館長の大谷さんは、美術館のこれからをこう思い描く。

「ここだけが潤えばいいとは思ってなくて、ここを起点として檜原村に興味を持って訪れる人が増えたり、ここを起点にいろんな木工作家さんが集まってくれたりして、檜原村がおもちゃの村になっていく。そしておもちゃを作る木材を作るために林業がもう一度産業として発達していく。そういう循環が生まれるような場所になればいいなと思ってるんです」

クレジット

取材・撮影・編集 後藤秀典
プロデューサー 井手 麻里子

ジャーナリスト

社会保障関連、原発事故被害、貧困問題、労働問題などを取材。

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