19対0。5回コールド。それでも見えたもの @青森市営球場
5回コールド、19対1。初回の攻防を終えた時点では、とても予想できない結果になった。
先発は東奥義塾・斎藤、五所川原・高橋とともに左腕。斎藤がサイズがあり重そうなボールを投げ込めば、小柄な高橋も真っ向勝負で打者に向かい、互いに三者凡退で好スタートを切る。
両投手の立ち上がり、そして動きのいい内野陣の守備をみて、これは接戦になりそうだ。そんな予感を抱いたファンが大部分だったのではないか。
伏線となった2盗
ポイントになったのは2回裏だ。
東奥義塾は5番工藤幸がレフト前へ、チーム初ヒットで出塁する。しかし続く神聖は三振。これで2死1塁。チャンスは潰えたかに見えた。
ここでランナーの工藤が2盗を試みる。スタートはよかったが、タイミングは際どかった。五所川原の佐藤捕手が小さなモーションでうまく投げたのだ。だが、送球がわずかに1塁方向にずれたためにセーフ。
これが試合が動く伏線となる。
次打者の斎藤の打球はショート正面のゴロ。マウンドの高橋をはじめ、五所川原ナインはチェンジと確信したに違いない。
だが、次の瞬間、ボールはセンターへ転々と転がっていった。その間にランナーがホームインし、東奥義塾、先制。
実は捕球直前にセカンドランナーに目の前を横切られたショートが、ボールを後逸してしまったのだ。
その一つ前のプレー、2塁への盗塁がなければ起こり得ないエラーだった。
さらに8番工藤海の打球はライナーでセンター正面へ。やったことがある人ならご存知の通り、センターにとって真正面の打球はもっとも判断が難しい。五所川原のセンターも前進か後退か、少し迷ったように見えた。
それでもキャッチした、と思ったグラブからボールが飛び出した。これで東奥義塾の攻撃が継続した。
セカンドへの際どいタイミングの盗塁から始まり、ショートゴロ、センターライナー。どこでチェンジになっていても不思議ではないプレーの連続だったが、すべてのシーンで球運は東奥義塾に傾いた。五所川原にとっては不運の連続だった。
つるべ打ち
無論、運だけでは勝てない。
続く長内がデッドボールで2死満塁となった後、1番小山内の打球は文句なしの豪快な一撃だった。センターオーバー、走者一掃の2塁打。これが大量得点の始まりになった。
3回は打者一巡で一挙6点、4回にいたっては打者14人を送る猛攻で9点。なんせ石村、佐藤、神聖の3人が1イニング2安打である(神聖は4打点)。まさしく“つるべ打ち”だった。
東奥義塾は、どの打者もボールを思い切り叩くというバッティングの基本を素直に実践していた。大量リードを奪ってリラックスできたからではない。はじめからそうだった。そして、それなのに力みを感じさせないスイングだった。
五所川原も吉田、三上の継投で何とか流れを変えようとしたが、すでに加速のついた東奥義塾打線の勢いを止めることはできなかった。
そして、まさかの大量失点で、5回で試合を終えることになった。
モメンタムとディテール
それにしても野球の怖さと面白さを改めて実感させられる試合だった。
「伏線」の部分で書かなかったが、実は先に得点を挙げるチャンスがあったのは五所川原だった。2回表、2死2塁から外崎がセンター前ヒット。しかし、好返球でランナーはホームベース目前でタッチアウトとなってしまう。
そして、その裏の「伏線」のシーンへとつながっていくことになるのだ。
野球の勝敗が「モメンタム(流れ)」と「ディテール(細部)」によって大きく揺れ動くことを、鮮明に、そして残酷に映し出した試合だったと言えるだろう。
もし、あそこで。あのワンプレーが。
そのときにはちょっとしたプレーにすぎないことが、結果的に大きな得点差と勝敗へとつながっていくのである。
手にしたもの
それでも――よもやの大敗にも関わらず、試合後には家族や友人に感謝の言葉を伝える五所川原ナインの姿があった。「長い間、ありがとう」。涙とともに、そう口にする彼らの真っ直ぐさと清々しさ。
いつも書くことだが、高校野球は「負け」に向けての戦いだ。すべてのチームが勝利を目指し、しかし、たった1校を除いて、すべてのチームが負ける戦い。3年生が高校入学から2年4ヶ月かけて辿り着くのは、つまるところ最後の敗戦なのである。
しかし、いや、だからこそ、かけがえのないものを手にすることができるのかもしれない。
1対19。9回まで試合をすることさえできなかった。
それでも、試合後の彼らの掌には確かに何かが握られているように、僕には見えた。