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中国、ビザ発給停止の背後にある本音

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
感染爆発する中国からの渡航者への入国検査強化(写真:ロイター/アフロ)

 中国は1月10日、日本でのビザ発給を停止したが、その背後には岸田首相のG7メンバー国歴訪がある。なぜなら歴訪目的の中に中国脅威論の共有があるからだ。安保3文書とともに間断なく非難を続けている。

◆中国、日本人に対する突然のビザ発給停止

 駐日中国大使館は1月10日、中国を訪れる日本人へのビザ発給を一時的に停止したと発表した。中国からの渡航者に厳しい水際対策を取る一部の国に対して、中国は相応の対抗措置を取るということは1月3日の中国外交部の定例記者会見で、毛寧報道官が表明していた

 その対抗措置の一つが、このビザ発給停止のようだ。事実、1月10日(と11日)、外交部の汪文斌報道官は「関係する国が中国に対し、差別的な措置をとった状況に基づいて対等に反応した」と述べている。

 しかし、それを額面通りに解釈してはいけない。この突然のビザ発給停止に対して、日本では、いわゆる「中国事情に詳しい専門家」とされる人たちが「日本や韓国に対して見せしめ的に発給を停止させて、他の水際対策を講じている国を牽制するためだろう」という「感想」を述べているが、これは「素人の感想」であって、日本メディアには受けがいいだろうが、中国の実態を反映していない。

◆中国が発し続けている岸田首相のG7メンバー国歴訪に対する警告

 では、中国では何が動いているのかを一つずつ押さえていきたい。

 まず挙げられるのは1月9日から始まった岸田首相のG7メンバー国歴訪だ。ビザ発給停止を通告した同じ日の1月10日に、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は、<東京は一刻も早く戦略に関して目を覚ませ>という社評(社論)を掲載した。その概要をかいつまんで以下に記す。

 1.日本の岸田首相は1月9日からG7の5カ国歴訪を開始した。最初の訪問先はフランスで、続いてイタリア、英国、カナダ、最後の訪問先は米国だ。多くの西側メディアは、岸田氏の今回の歴訪のテーマの1つを「中国の脅威に対する協調的な対応」と要約している。

 2.G7の持ち回り議長国である日本が、会議前にメンバー国を訪問して事前調整

をするのは自然なことで如何なる問題もない。しかし岸田は、他のG7メンバーとの二国間会談で、中国に対して強硬姿勢を示し、「地域脅威論」を売り込み、さらには「反中連結(串聯)」を実行しようとしている。これは不必要であるだけでなく、非常に危険っだ。これが2023年の日本外交の主な方向性だとしたら、それは大きな間違いだ。

3.日本の政府関係者によると、歴訪期間、岸田はこの歴訪5ヵ国との2国

間軍事関係を強化するとのこと。本誌が2022年5月に発表した社評 に書いた通り、日本はNATOをアジア太平洋に引き込む先導者になってはならない。

4.日本はG7の唯一のアジアのメンバー国として、本来ならばアジア諸国の利益を代表する役割を果たさなければならないはずなのに、岸田はその逆で、欧米に追随し、アジア太平洋地域の平和と安定を積極的に乱すための役割を買って出ている。

5.このままでは日本は国際的地位とイメージを高めることは困難だ。「中国脅威論」の誇張を装い、「平和憲法」を破り、大規模に軍事力を発展させようとする日本の行動は、一層憂慮すべきだ。日本のメディアは、2023年の日本外交に大きな期待を寄せており、国際社会での地位向上のためには「2023年には日本の外交努力を2倍にしなければならない」と主張している。 しかし方向性が間違っていれば、頑張れば頑張るほど、目標から遠ざかっていく。これは、アジアの人々に、日本がかつて(第二次世界大戦で)アジアにもたらした恐ろしい災害を思い起こさせる。東京はできるだけ早く戦略的に目覚めなければならない。

◆日本の新安保戦略は国際社会の懸念を招いている

 今年1月9日の「人民日報」の電子版「人民網」は<日本の新安保戦略は国際社会の懸念を招いている>というタイトルで、日本の安保体制と昨年末に閣議決定した安保3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を批判している。以下、概略を書く。

1.最近、日本の外務省は機密解除された一連の外交文書を公開しました。この文書には、1991 年に当時の日本の海部俊樹首相が中国を訪問した際に、「日本は軍事大国の道を追求しない」という声明が詳細に記録されていた。日本は歴史を深く反省し、二度と戦争を起こさないと誓ったのだ。

2.宮本雄二元駐中国・日本大使が語ったように、これは当時、戦争を体験した日本人の本音であり、日中関係が安定した発展を遂げたのは、この気持ちによるものだとのこと。しかし残念なことに、20年以上経ったこんにち、日本の右翼保守勢力の影響下で、日本の平和的発展の道は深刻な挑戦に直面している。上記の機密解除されたファイルの公開とほぼ同時に、日本政府は「国家安全保障戦略」、「国家安全保障戦略」、および「防衛力準備計画」の新しいバージョンである「安保3文書」を発行したのだ。

3.一部の日本の学者は、関連文書の最も重要な特徴は、自衛隊が「反撃能力」を維持できることだと述べた。 射程が1,000キロメートルを超える中長距離弾道ミサイルや高速滑空爆弾および超音速ミサイルなどの強力で洗練された攻撃兵器を装備し、戦争に備えるだけで戦争を回避できると主張し、「抑止力」を強化できると主張している。別の一部の学者は、日本政府が国会を迂回して、与野党や社会全体で十分な議論をせずに閣議決定という形でこの決定を下したと指摘し、強い懸念を示している。

4.日本は「反撃能力」を開発する一方で、防衛費をGDPの約2%にまで増加さ

せ、宇宙、ネットワーク、電磁、認知などの新しい分野での戦闘力を開発し、軍事力を大幅に強化する予定だ。中国の領土である台湾からわずか110キロしか離れていない与那国島にはミサイル部隊が配備されている。 21世紀に入ってから、日本政府は「国防大綱」を6版更新し、「国家安全保障戦略」に格上げし、軍事政策の調整と配備のペースを大幅に加速させた。 再武装して攻撃の牙をむき出しにした日本は、近隣諸国や地域の平和と安定に大きな脅威を与えている。

5.Stockholm International Peace Research Institute や Global Firepower Network などの機関のデータによると、日本の総軍事力は世界第 5 位だ。 憲法で明確に戦争手段を放棄し、陸軍、海軍、空軍などの軍事力を維持せず、交戦権を認めない国が、これほど恐るべき軍事力と巨額の防衛費を持つことは常軌を逸している。

6.「反撃能力」を有する日本が攻撃的かつ威嚇的になると、逆に標的にされやすくなり、東アジアは「安全保障のジレンマ」に陥り、新たな軍拡競争を引き起こすことになる。一方、日本の財政はすでに多額の借金を抱えており、さらに防衛費を増やすためには、増税と国債発行を選択するしかない。現在、日本は経済成長が停滞していると同時に、超高齢化や物価の高騰など多くの社会問題を抱えており、いずれの方法を採っても国民への負担は大きくなる。 国家の安全と国益を守るという意味では、軍隊は最善の手段ではなく、ましてや唯一の手段ではないはずだ。

7.戦後、日本は長期にわたり防衛費を削減し、軍事大国ではないことを明確にし、経済・社会の発展を重視してきたことにより国際社会の信用を得てきた。しかし、現在の日本の外交・安全保障戦略は一方的に陣営の対立を強調し、一部の西側諸国のメガホンに成り下がり、欧米が言ったことを受け売りするだけの国になってしまった。これは東洋の文化的伝統に沿うものではなく、決して賢明な行動でもない。日本は今や自らの深い施行に基づく戦略性を持たず、戦略的思考の怠惰と傲慢さを露呈するだけの国になり果ててしまった。日本が本当に戦後から脱却するために必要なのは、軍隊を増強して軍隊を強化することではなく、平和的発展の道を歩むことである。

◆岸田首相は支持率向上のためにあがいている

 中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVは、上述したような内容を毎日のように、1時間ごとのニュースでくり返し報道しているだけでなく、他の国の批評を引用して、岸田首相のG7メンバー国歴訪を酷評している。

 その中の一つに、イギリスのロイター社の報道である「岸田首相の欧米5カ国歴訪は支持率を上げるため」というのがある。その画面を以下に示す。

1月10日のCCTV報道から
1月10日のCCTV報道から

 以上が中国のネットから読み取れる中国側の主たる裏事情である。

 こんなことを日本がしているので、「その日本にお灸をすえてやる」というのがビザ発給停止の真相と見ていいだろう。

◆ペロシ訪台の際の中国軍による軍事演習と同じ

 そのほか中国のネットには数えきれないほどの関連情報があるが、直接、北京にいる高齢の元中国政府関係者に電話して確認を取ったところ、実にわかりやすい返事が戻ってきた。

 ――今般の日本に対するビザ発給停止は、まあ、昨年、アメリカのペロシ元下院議長が台湾を訪問した時の、中国人民解放軍の軍事演習と同じさ。こんな明確なことが分からないようではしょうがないな。

 これが中国の本音だろう。

◆それにしても感染爆発している中国大陸の人を海外に放つとは――!

 以上が中国の言い分だが、日本人としては「このような感染爆発を起こしている中国大陸の人々を海外に自由に渡航させること自体が間違っているのではないか」と言いたい。

 中国の国内事情はこれまで何度もコラムで書いてきたように承知しているつもりだ。

 しかしワクチン接種による免疫も少なく、ほぼ14億人全員に感染させて集団免疫を付けさせようとしている中国大陸の民を、無条件で海外に放つこと自体に問題がある。新しい変異種が生まれているかもしれない人々を海外に送り込み他国に新たな感染者を生むかもしれないような無責任なことをしていいはずがない。中国国内の事情は中国国内で解決し、国境から出すべきではないだろう。

 他国は中国からの渡航者に対して全面入国拒否をしてもいいくらいだ。

 そこの根本問題は、中国の国内事情とは別に、個人的見解として主張したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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