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"ライン上"の湘南、名古屋相手に「10人」で勝ち点「1」

川端康生フリーライター
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

喜びと安堵と

 4分のインジュリータイムがようやく過ぎ、タイムアップの笛が鳴ったとき、スタンドから湧き上がるように漏れたのは歓声だった。

 0対0のドロー。勝ったわけでもないのに、ホームのサポーターたちが喜びと安堵を表したのはそれくらい苦しいゲームだったからだろう。

 43分、アンカーの三幸が退場。前半の残りと、後半のすべてを湘南は「10人」で戦うことになった。

 当然、後半は名古屋の波状攻撃を浴びる時間帯が長かった。それでもシュートに身体を投げ出し、ゴールマウスに壁を築き、得点を許すことなく、スコアレスで90分間を乗り切った。

 だから、ようやく響いた試合終了のホイッスルに、喜びと安堵と選手へのねぎらいが溢れ出た。

ローペースのゲーム

 試合前の順位で言えば、2位対14位。

 前節FC東京戦の引き分けで、開幕からの連勝が「6」でストップしたとはいえ、ここまで無敗。それどころか喫した失点はわずか「1」という名古屋グランパスと、ここ3試合負けなし(1勝2分)といっても、いまだ黒星先行の湘南ベルマーレの対戦。

 だから当然「名古屋優位」を想定して訪れたゲームだった。

 実際、立ち上がりは名古屋が優勢。前線から相手を追い込み、「少しふわっと入ってしまい、ミスが続いたし自分もミスをしてしまった」(石原)湘南からボールを奪い、そのままアタッキングサードへ侵入して攻撃を仕掛けた。

 特に相馬、マテウスの両サイドは相手DFを圧倒。ペナルティエリアまでドリブル突破してのチャンスメーク、内に切れ込んでのミドルシュートなど、何度もゴールに迫った(とりわけ相馬のキレは両チーム20人の中でも際立っていた)。

 しかし、そんな名古屋の「優勢」が続いたかと言えば、そうでもなかった。

 前半の半ばを過ぎたあたりでペースダウン。それも名古屋だけでなく、両チームともリトリートして立ち位置から単発の攻撃を繰り返す展開になったから、プレーの流動性が下がり、ゲームそのものも(たとえば川崎対大分などのような)アクティブさを感じられない内容になった。

 試合後の会見で、選手交代(が遅かったこと)について問われた浮嶋監督が「基本的にローペース(の試合)だった。また名古屋さんも後ろでボールをまわしている展開が多かったので、選手に疲労がそんなにきていなかった」と答えていたのも、そのあたりの感触だろう。

 もちろん、これはサッカーのスタイルとマッチングによるもの。ショートカウンターを主軸とするチーム同士が対戦すれば、こうした膠着は起きがちだし、相手が代わればまた違う面が発揮されたりもする。

 相対的な競技であるサッカーのおもしろいところである。

決まっていれば……

 そんな停滞しつつあったピッチで、ビッグチャンスをつかんだのは湘南だった。

 28分、中盤で山田がスライディングでひっかけたボールを左オープンの高橋へ展開。高橋から前線に走り出していた名古へのグラウンダーのパスは、タッチミス(に見えた)で若干球速を弱めながら流れていったが、それが名古とは違うレーンを駆け上がってきた町野の前に転がったのだ。

 GKと1対1。僕の目の前の観客も拳を突き上げかけていた……のだが、当然揺れると思ったゴールネットは揺れなかった。

 シュートはポスト右へ。湘南にとっては「町野の決定機は本当に決めたかったですし、決まっていたらゲームがどうなっていたかわからない」と浮嶋監督がコメントした通りのシーンとなってしまった。

 ただ、後からビデオで見返してみたら、あの場で感じたほど容易なシュートではなかったこともわかった。

 ランゲロックの飛び出しのスピードとアングルが素晴らしく、シュートコースが見事に消されていたのだ。

 それでも勝敗を左右するプレーだったことは間違いない。決めていれば……。勝ち点3がちらついた場面だった。

2枚目のイエローカード

 そして、その15分後、やはりゲームを左右するプレーが起きる。43分、三幸が2枚目のイエローカードで退場になるのだ。

 1枚目はその3分前だから、立て続けにもらったカードだった。確かに、入れ替わられてそのまま行かれてしまうとピンチになる局面ではあった。でもプレーポジションはセンターサークル付近。自陣には3枚のDFが構えていた。

 退場覚悟で、腕をかけて止める必要があったか。しかもレフリーはすぐ近くにいた。

 実はこの試合で注目していた選手だった。

 近年、ベルマーレも技術のある選手が増えてきているが(以前ほど山田が目立たなくなっていることからもわかる)、三幸もその一人。

 キックのスキルが高く、展開力もある。きっと自分でも自信があるから、難しい長いパスも躊躇なく蹴る。”作りのパス”も含めて、プレーメーカーとして機能する試合も珍しくない。

 しかし、このゲームではリズムに乗り損ね、ストロングポイントを発揮できずにピッチを去ることになった。

 リズムをつかめなかったのは、ディフェンスがうまくいってなかったからだと思う。序盤にはボールロストしてピンチを招くシーンもあった。自ら身体を投げ出して挽回したが、気持ちのウエイトはどうなったか。長所より弱点にフォーカスが向けば、プレーは委縮するし、懸命であればあるほど焦りは募り、判断は短絡になってしまう。

「技術は見る人が見ればわかる」とはベルマーレのレジェンドがいつも口にしていたことだが、すでに三幸の技術は折り紙付きなのだ(僕の周りでも評判は高い)。

 要は持ち前の技術を発揮する環境と自分をどう作るか。そのためにゲームにどう入るか。うまく入れなかったときにどうリセットするか。

 もっと輝ける可能性のあるタレントだけにクリアしてほしいと思う。

ライン上

「10人」になった湘南は、後半(FW町野を下げて)3バックの左に大野を投入。田中をアンカーにして45分+4分を凌いだ(田中はこの試合も素晴らしかったが、長くなったのでまた別の機会に)。

 名古屋の波状攻撃に対して、前半より球際が激しくなり、身体を張るシーンが増え(そういう場面が多くなるから当然と言えば当然だが)、結果的にむしろ後半の方が”ベルマーレらしい”プレーになった。

 タイムアップの笛と同時に、サポーターたちが歓喜と言っても過言ではないほどの笑顔になったのも、そんな選手たちの姿に”らしさ”を感じたからだろう(試合後、スタンドに向けて挨拶に来た選手たちにはスタンディングオベーションまで起きた)。

 要するに、そういうサッカーとプレーが好きなのだ。これはベルマーレのクラブとサポーターが共感し合う、いわば”感動ポイント”。

 それを満たしたという意味で、スコアレスドローではあったが、このゲームは成功だったと言える。

 もちろん、競技という面では諸手を挙げて喜んではいられない。

「10人」になったのによく引き分けに持ち込んだことは事実だが、「10人」になってしまった反省に目を向けなければ成長はないし、苦しいゲームでつかんだ勝ち点「1」は貴重だが、「決めていれば」手にできたのは「3」だったかもしれないのだ。

 ちなみに、この試合で湘南のシュートは(あれも含めて)わずか3本。「決めていれば」以前にも改善しなければならないことはあるということである。

 いずれにしても、この日の「1」を加えても、今季ここまでにつかんだ勝ち点は「6」。順位も15位とランクダウンした。

 無論、いまの時点で順位が1つ落ちたことを気にすることはない。だが、下位にはガンバ大阪(まだ3試合だけ)をはじめ、消化試合が少ないチームもある。湘南がいるのは紛れもなく”ライン上”である。

 チームの完成度は決して低くない。タレント力も上がっている。あと1つ、2つ上積みがあればラインから遠ざかることもできそうな……。

 そういえば2人のウエリントンがもうすぐ合流できるらしい。

 8試合が終わった。今シーズン残りは30試合――。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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