2%の物価目標が達成できない理由
7月16日にブルームバーグは『西村東大教授:「2年あり得ない」、無理に2%目指すとゆがみ』との記事において、前日銀副総裁の西村清彦東大教授による興味深い発言を伝えていた。
2013年3月19日に西村氏は日銀の副総裁を退任した。同時に白川総裁も退任し、3月20日からは黒田総裁を中心に新体制がスタートした。それから時を置かずに、4月の金融政策決定会合で日銀は、2%の物価目標を2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するとして「量的・質的緩和策」を決定した。
この「量的・質的緩和策」について西村氏は下記のように評した。
「退任後、『2年』で達成するという公約を聞いたときはさすがに驚いた。CPIの構造的な問題を考えれば、2年というのがいかにあり得ないか、ということが分かる。これは恐ろしく大胆なことをやるなと思った。しかし、出てきた政策は新しいものは何もなく、ただ単にたくさんやるというだけだったので、大丈夫なのかなと思った」(ブルームバーグ)
なかなか味わい深い発言である。この発言にはいくつか確認すべき点がある。そのひとつが「CPIの構造的な問題を考えれば、2年というのがいかにあり得ないか」という点である。これは期待や気合いでどうなるものではない。
「消費者物価では持ち家に住むことも家計消費とみなし、実際に支払うことのない帰属家賃が民間家賃から推計されて加えられている。家賃はコアCPIの2割を占め、全体に与える影響が大きいが、一貫してマイナスで推移しており、5月は0.3%低下した」(ブルームバーグ)
つまり2%の物価上昇を達成するためには、帰属家賃に制度的な下方バイアスがあるため、このマイナス分を他のものでカバーする必要がある。しかもそれは他のものが前年比2%を大きく超えるものとならなければ、全体としての前年比2%達成は困難となる。
西村氏は「原油価格にもよるが、1~1.5%は比較的早く可能だと思う。しかし、帰属家賃の存在は大きいので、それ以上にふかす必要が本当にあるのか、もう一度考え直す必要がある」とも発言した(ブルームバーグ)。
2013年4月の異次元緩和後の消費者物価は時を置かずに上昇した。通常、金融政策にはタイムラグがあるが、これは期待発生というよりも、2012年11月の安倍自民党総裁の輪転機ぐるぐる発言をきっかけとした急激な円高調整、つまり円安による効果と、原油価格が高止まりしていたことが背景にあった。コアCPIは2014年4月に前年比プラス1.5%まで上昇した。このように原油価格次第では前年比プラス1.5%あたりまでの上昇は可能のようである。
「CPIの構造的な問題を考えれば、2年というのがいかにあり得ないか」というのはこのような理由による。そのあとの「出てきた政策は新しいものは何もなく、ただ単にたくさんやるというだけだったので、大丈夫なのかなと思った」との発言は、2倍、2倍と殊更大きさを主張していたが、異次元緩和と称したものの次元は変わらず、ただ量を増やしたものであり、無理に物価を上げさせるような政策は含まれていなかったということであろうか。「ただし、大丈夫なのかな」とはそのような意味であろうが、その量をつくるために国債を大量に買い入れてしまったことで、出口政策を困難にさせる。
『西村教授は黒田総裁が量的・質的金融緩和の出口を議論するのは時期尚早と言い続けていることにも懸念を示す。「皆、量的・質的金融緩和には本当に出口があるのか心配している。金融政策決定会合で出口について議論し、それを公にしないといけない」と語る。』(ブルームバーグ)
債券市場から眺める限り、日本は米国のように簡単にテーパリング(量的緩和の縮小、つまり国債買入額の縮小)ができる保証はない。過去に日銀は一度も国債買入を減額したことがない。それによる債券市場への影響を恐れたためである。どのようなタイミングで出口政策を実施するのかではなく、そもそも出口政策は可能なのかという疑問が残る。
『昔であれば「民は由らしむべし、知らしむべからず」で良かったかもしれないが、今は市場があるので知らせなければ混乱が生じる。市場と対話することが大事だ。何度か失敗するかもしれないが、お互いにそこで学習していくわけで、対話もせず、お互い学習もしないと、混乱が起こった時に対応しようがない』と西村氏はコメントしている。
まさにその通りで、2%の物価目標に自信があるというのであれば、出口政策はどのように実施するのかをマーケットに事前に知らしむことが重要である。それは市場が不安定になっているときより、安定しているときが望ましい。まさにいまがそのようなタイミングではなかろうかと思う。