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約4割が経験する「金縛り」 動けなくなって幻覚を見るには理由があった!?

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
アフロより(提供:ayakono/イメージマート)

「金縛り」体験とは

 夏は、怪談や幽霊といった恐怖体験が風物詩でもある。先祖の霊が戻ってくるとされるお盆の影響が強いようで、心霊現象の話が身近になる季節でもある。睡眠にまつわる恐怖体験といえば、「金縛り」体験があげられる。

 夜中にふっと目が覚める。トイレにでも行こうと思い起き上がろうと思っても、体が動かない。それどころか、寝返りすら打てない。天井を見つめているしかないが、おなかの上に、なにか猫のようなものが乗っている気がして息苦しい。まわりに人の気配もするような気がする。怖くなりリビングに逃げ出したいが、なにせ体が動かない。冷汗がじっとりと出てくるが、どうにもしようがない。

 このように、「金縛り」体験とは、自覚的には覚醒しているにもかかわらず、話すことはおろか、手足や体も自力では動かすことができない状態である。ホラーのような幻覚様の体験を伴うこともある。当たり前のことだが、金縛りを経験したときには、ほとんどの人は恐怖や不安を感じる。

 睡眠医学がまだ発達していない時代においては、超常現象に近いものと捉えられていたようである。金縛りは古くから世界中で観察されており、カナダのニューファウンドランド島では“Old hag(邪悪な老婆)”、カリブ海沿岸では、”Se me subio el muerto (わたしの上にのしかかる死体) と言い表されていた。東洋では、中国では「鬼圧身」あるいは「鬼圧床」など、鬼がのしかかるという表現である。

 また文学作品においても、金縛りと思われる描写が見られる。たとえばF.ドストエフスキーの長編小説「カラマーゾフの兄弟」では、第9章「悪魔 イワンの悪夢」において、イワンが幻覚である悪魔と対峙する場面がある。「イワンは窓に駆け寄ろうとしたが、とつぜん自分の両手と両足が、何かに金縛りにあったような気がした。」「彼は、渾身の力を振りしぼって鎖を断ち切ろうとしたが、無駄だった。」という記述がある[2]。文化・民族的背景とも結びつきが深いことがうかがえる。

 こうしたホラー体験のような「金縛り」は、睡眠医学では「睡眠麻痺」と呼ばれる。本稿でも、「睡眠麻痺」という言葉を使うことにする。

「睡眠麻痺」はレアなものなのか

 「睡眠麻痺」は、どれくらいの頻度で生じるのだろうか。多くの調査があるが、対象の年齢や文化、質問の仕方によって数値がバラバラで一貫しない。ザックリまとめると、10〜40%程度で、女性にやや多く、10〜20歳代前半に始まることが多い。たとえば、アメリカ睡眠医学会がまとめた国際睡眠障害分類[1]によれば、

  •  40〜50%(一生で生じる率)
  •  15〜40%(少なくとも人生で一度は経験)

という率が示されている。日本人では、39.8%は少なくとも一度は睡眠麻痺を経験すると、江戸川大学の福田一彦先生が報告している[3]。

 質問の仕方によっても、率を示す数字は変わってくるようだ。「睡眠麻痺」など病気を連想させる医学用語を使うと出現率は低くなり(5%弱〜16%)、心霊やオカルトなど俗信的なニュアンスの質問では高い出現率(40%弱〜60%)を示す。

 一度だけならばまだしも、睡眠麻痺を繰り返すとなると出現率はガクンと減る。先ほどの国際睡眠障害分類では3〜6%にまで減るとしているが、インターネットによる調査では36%もの人が繰り返し睡眠麻痺を経験していると回答しており、これも一貫しない[4]。

 調査によって大きなバラツキはあるが、「レア」なものとは言えず、かなりの数の人が経験しているようである。

「睡眠麻痺」は病気なのか

 睡眠麻痺は、過眠症疾患であるナルコレプシー(主にタイプ1)の症状でもあり、ネットで情報を見て心配になる人もいるが、健康な人にも十分起こりうる症状である。睡眠麻痺が起こった、続いたからと言って、過度に心配する必要はない。

 健常人でも生じると書いたが、乱れた睡眠リズム、日中に長い仮眠を取るなど、睡眠時間が不規則な人は、睡眠麻痺を生じやすい[5]。

 夏期休暇で生活リズムが乱れがちな若い人は、生じやすくなるだろう。またコロナ禍で増えたリモートワーカー、特に一人暮らしの人は、24時間いつでも作業ができる不規則な生活習慣から、睡眠麻痺を体験している人は多いのではないだろうか。コロナ禍の今はあまり話題にならないが、海外旅行・出張のときに生じる時差ボケも、睡眠麻痺を生じやすい状況である。

 睡眠不足でないにもかかわらず日中の強い眠気で困っている、笑ったり怒ったりすると力が入らなくなるといったナルコレプシーに特有の症状が現れるときは、専門医療機関を受診したほうがよい。

「反復性孤発性睡眠麻痺」

 ナルコレプシーとは診断されないが、睡眠麻痺を繰り返す人もいる。この場合、「反復性孤発性睡眠麻痺」という診断が下される。

 ネットなどを見て睡眠麻痺=ナルコレプシーと思ってしまう人もいるが、必ずしもそうではない。わたしもナルコレプシーの診察は数多く行ってきているが、ナルコレプシーと診断される患者に、必ず「睡眠麻痺」が見られるわけではない。すなわち、睡眠麻痺はナルコレプシーに特異的ではない。

 そもそもナルコレプシーという病気が発見されるずっと前から、睡眠麻痺が健康な人にも見られることは報告されていた[5]。「反復性孤発性睡眠麻痺」と呼ばれるのは、睡眠麻痺を繰り返すだけでナルコレプシーとは関係がないからである。

「睡眠麻痺」のメカニズム

 睡眠麻痺のメカニズムは、本来ならば眠っているはずのレム睡眠中に覚醒してしまう現象であり、睡眠と覚醒とが乖離したレム睡眠と考えることができる。

 レム睡眠とは、身体は休んでいるが、脳は起きているときの睡眠状態を指す。レム睡眠中は、体の主要な筋肉の力は抜けてしまい、夢を見ていることが多い。このレム睡眠中に目が覚めてしまうことで、異常な現象を体験してしまう。

 睡眠麻痺の最中は、冒頭の具体例にあげたような幻覚様の体験を伴うことがあり、夢かうつつかはっきりしなくなることもある。これは、レム睡眠中に見ている夢(ヴィジュアルにはっきりした、悪夢が多い)を、幻覚と取り間違えるためと考えられる。

仰向けで寝ると「睡眠麻痺」が生じやすい

睡眠麻痺は、仰向けで寝ているときに生じやすい[6]。睡眠麻痺は、レム睡眠中に発生する。レム睡眠では体の主要な筋肉の力が入らなくなるため、横向きでは安定した姿勢が取れず、レム睡眠が中断しやすくなるからだ。

 レム睡眠が中断されれば、睡眠麻痺を起こしにくくなるため、予防には好都合である。仰向きでは、筋肉が動かなくても、姿勢は安定しているためレム睡眠が持続しやすくなり、睡眠麻痺も起こしやすく、持続する時間も長くなってしまう。

「睡眠麻痺」はどうしたら抜け出せるのか

睡眠麻痺の恐怖状態から「その場で逃れるコツ」は、とにかく「焦らない」ことである。動こうと逆に焦ると、不安恐怖が強まり、レム睡眠を起こす仕組みがより強く働いて、ますます睡眠麻痺が強まる。

 とても長く感じられるかもしれないが、睡眠麻痺は数分程度で自然に収まる。慌てないで、意識的にまぶたや眼を動かそうと試みることで、早めに抜け出すことができる。

「睡眠麻痺」の治療・予防法

 日中の病的な眠気など、ナルコレプシーを強く疑うほかの症状がなければ、薬剤などの治療を必要としないことが多い。しかし頻回に睡眠麻痺が続いて苦痛ならば、不規則な睡眠習慣を改めることから始めよう。先にも書いたが、一人暮らしのリモートワークをしている人は、昼夜逆転など生活習慣が乱れがちになるので要注意だ。

 明け方の二度寝は気持ちいいかもしれないが、半覚醒の状態のまま朝方に入眠すると、レム睡眠に入りやすくなる。したがって、睡眠麻痺も起こりやすくなる。

 ストレスによってなかなか寝付けない、睡眠が浅いという状況も、睡眠麻痺を起こしやすい可能性がある。明け方になってようやく眠れる、朝起きたくないのでベッドにいるなどすると、結局二度寝になってしまうからである。

 仰向けで眠ると生じやすいので、抱き枕など、仰向けにならないような工夫もよいかもしれない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

  1. American Academy of Sleep Medicine. International classification of sleep disorders, 3rd edn. American Academy of Sleep Medicine, Darien IL, 2014.
  2. ドストエフスキー, 亀山郁夫 (翻訳) カラマーゾフの兄弟4 (光文社古典新訳文庫)
  3. Fukuda K et al. High prevalence of isolated sleep paralysis: kanashibari phenomenon in Japan. Sleep. 1987;10(3):279-86.
  4. Buzzi G & Cirignotta F. Isolated sleep paralysis: a web survey. Sleep Res Online. 2000;3(2):61-6.
  5. Mitchell SW. On some of the disorders of sleep. Virginia Medical Monthly 2:769-781, 1876.
  6. Stefani A & Högl B. Nightmare Disorder and Isolated Sleep Paralysis. Neurotherapeutics. 2021;18(1):100-106.
早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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