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飢えて「物乞い」と化した北朝鮮兵士…国民は「胸が張り裂けそうだ」

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士(デイリーNK)

北朝鮮の国境警備隊と言えば、兵役の行き先として最も人気のある部隊のひとつだった。地域住民の密輸や脱北を手助けしたり、自らが密輸を主導したりして、経済的に裕福だったのだ。

朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の一般部隊では、普段から空腹に苦しめられ、栄養失調で実家に戻される兵士も少なくない。兵役を終えてもほとんど何も持たされずに家に帰され、その途中で餓死する事件も発生するほどだが、国境警備隊は貯金を手に帰宅し、それを元手にして商売を始めることができた。

しかし、今やそれも昔話だ。

コロナ禍をきっかけに国境警備が強化されて、密輸や脱北は非常に困難になった。国境警備には、地元としがらみのない別の部隊が当たり、利権構造は崩されてしまった。国境警備隊の隊員は、他の部隊同様に空腹に苦しめられることになった。その状況を、両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

(参考記事:「気絶、失禁する人が続出」北朝鮮、軍人虐殺の生々しい場面

事件が起きたのは今月8日の夜のことだった。国境警備隊第25旅団所属の20代の隊員が脱走したのだ。それも民家に駆け込んで、食べ物が欲しいと物乞いしたのだった。

時は折しも、9日の建国節の特別警備勤務期間。一切の事件、事故の発生が許されないが、そんなときに起きた脱走とあって、事件のことは発生4時間後に大隊の参謀部まで報告された。小隊長1人、小隊員3人の4人1組の捜索班が立ち上げられ、捜索が始められた。

そして、10時間後に隊員は身柄を確保された。その一部始終を村人たちが見守っていたのだが、その過程は悲鳴が上がるほどひどいものだった。

「現場にいた村人たちが諌めるのも気に留めず、軍人たちはその隊員をボコボコにした。現場を目撃した村人の間からは、上官の部下に対する態度に怨嗟の声が上がるほどだった」(情報筋)

具体的にどのように暴力をふるったかについて、情報筋は言及を避けているが、かなりひどいものだったようだ。村人の間からは隊員に対する同情の声が次々に上がった。

「半殺しにするなんて、そこまでの間違いを犯したのか」

「物乞いをするなんて、どれだけお腹をすかせていたのだろう」

「空腹に耐えて兵役を務めていたことがむしろ奇跡」

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

また、自分の息子が兵役に行っている村人からは、他人事とは思えないとの声もあがった。

「うちの息子たちも軍隊であんな目に遭っているのかもしれないと考えると胸が張り裂けそうだ」

「国境を守る軍人に食べ物も与えずに規律ばかり強調するのは、傍から見ていてももどかしい」

これもすべて、密輸や脱北ができなくなったことが原因だ。

「密輸が活発だったころ、国境警備隊は儲かっていて兵役中に結婚の準備までできたが、今は密輸ができず、食べ物も物資も不足していて、空腹に耐えかねて脱走する事件が繰り返されている」(情報筋)

密輸や脱北という違法行為への加担が常態化していた過去30年が異常な状態だったわけだが、そのおかげで隊員はまともな暮らしをして、地域経済も潤い、両江道の国境地帯は、北朝鮮国内でも有数の豊かな地域だった。

しかし、これを問題と見た金正恩総書記は、コロナ禍の国境警備の強化をきっかけに、過去30年の状況を一変させ、国境を固く閉じてしまった。また、国がすべての貿易を管理するようになり、合法的な貿易すらかなり困難になってしまった。

地域に残されたのは「貧困」と「飢餓」だけだった。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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