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【相模原市】亡き父と同じ年齢を迎えて「親父へ。消防の世界で頑張っているよ、ありがとう」

みいこライター(相模原市)

相模原消防局には特別高度救助隊「スーパーレスキューはやぶさ」と呼ばれる消防のエキスパート部隊があります。
「スーパーレスキューはやぶさ」は、1隊6名の3部制、合計18名の隊員から構成されており、大規模災害や特殊災害に備え、出動要請時には即出動できる体制を整えています。

今回は、「スーパーレスキューはやぶさ」の部隊長である平本隊長(46)にお話を伺いました。

昨年度、静岡県熱海市土石流災害に緊急消防援助隊の救助部隊長として派遣されるなど、消防の最前線で活躍してきたその背景には、18歳のころに経験した父との突然の別れがありました。
今年亡き父と同じ年齢を迎え、さまざまな思いと向き合うようになったといいます。
亡きお父さまとの思い出を振り返りながら、消防にかける思いをありのままに話してくださいました。
(取材/撮影ご協力:相模原市消防局)

―なぜ、消防の道に進んだのでしょうか

きっかけは、18歳のときの父の事故死です。
無人のトラックが坂道を後進してくるその先には、道端で遊ぶ子どもたちの姿がありました。それを見た父は体ひとつでトラックを止めに向かったそうです。
少年野球の監督をしていた父は子どもが好きな人でしたから、咄嗟の行動だったのでしょう。意識が朦朧とする父と幾日か過ごし、そのまま帰らぬ人となりました。
あまりにも突然のことで、18歳の自分にはかかえきれないほどのつらさと深い悲しみが襲いました。

その頃、私は大学受験に向けて勉強をしていましたが、父の弟である叔父から「お前にはこの道(消防)しかないのでは」と言われ、不思議と自分自身でも迷いなく「これしかない」と消防の道に進むことを決心しました。

―お父さまとの別れで消防の道に進むことになりましたが、実際に入隊してみてどんなことを感じましたか

消防を目指すことの迷いもなかったですし、体力には自信があったので、その点は自分に向いていると思いました。
ただ、一番つらかったのは、自分が経験したことと消防の現場での出来事を重ね、感情移入してしまうことでした。
当時の父の年齢と同世代の方が事故に合ったと聞けば、現場に向かいながらご家族にお子さんがいるのではないか、自分と同じ経験をさせたくない…。そう強く思えば思うほど精神的な負担は大きく、事故現場に向き合うことのつらさはありました。
もちろん、今でもあります。
ただ、その強い思いが高い使命感と救助力につながっていることには間違いありません。

―特別高度救助隊として、日ごろ心がけていることや考えていることなどありますか

訓練も災害現場も、“自分の家族だと思って行動すること”です。
自分の大切な人を思うことで、その力は何倍にもなると考えています。
私たちは、災害現場に何度も出場していますが、被害にあわれている方にとっては一生に幾度もないことです。その方にも大切な人がいるということ、そういった背景を思う気持ちは大事なことだと思っています。

―隊長としての“難しさ”などはありますか

日々、自問自答の繰り返しです。
理想の隊長とはどういうものなのか、なかなか正解は見つからないです。
自分は隊長として隊員を見守るだけの立場ではなく、隊員と一緒に活動しながら現場を指揮していきたいという気持ちが強いです。
隊長として“見守る”ことも大事なことですが、現場につくと体が前へ前へと動いてしまうこともあります。
“見守る”ことの難しさを感じますね。

―“体が前へ前へと動いてしまう”のは、ご自身の経験が影響しているのでしょうか

間違いなく影響しています。
父の事故死を経験しているので、1秒でも早く助けたいという思いがそうさせてしまうのだと思います。
ありきたりな言い方になってしまうのですが、一人でも多くの人の命を救うことができればそれでいいんです。
大切な命が未来につながること、極論はそれですから。

―ともに活躍する隊員さんたちをどう感じていますか

信頼しています。
何よりも、誰よりも信頼している仲間です。
先で話したように、隊長として見守るだけではなく、隊員たちと同じステージで救助活動ができるのは、隊員ひとりひとりが広い視野をもって救助にあたってくれると信頼しているからです。
そういった面では、自分は本当に恵まれていますね。感謝です。

―これまでの取材で、日頃から神経を張り巡らせて休まらない日々を過ごしているような印象を受けますが、息抜きはどのようにしているのでしょうか

縁あって当時の父と同様に少年野球の監督をさせてもらっているのですが、そこでの活動がよい息抜きになっています。
息抜きというより、“充電”かな。
全力プレーをする子どもたちから教えられることも多く、“子どもってすごいな”そう思うことがたくさんあり、子どもたちから元気をもらっています。

―平本隊長が目標としている人はどんな方ですか

父です。
真面目で家族を一番に思い、人とのつながりを大切にする人でした。
どんなに自分が頑張っても、絶対に越せない人です。
当時18歳だった自分は、父との会話も少なく、思い出といえば怒られたことばかり(笑)
それでも、どこか偉大さを感じ、家庭を一番に行動する父を「すごい人」と思っていました。

父は46歳、自分は18歳という世間的には早い別れではありましたが、振り返ってみれば思い出もそれなりにあって、不思議と歳を重ねるごとに父への思いはつのるばかりです。
入庁してからは、毎回仕事に向かう前に“見守っていてほしい”“見ていてほしい”そういう気持ちを添えて父の仏壇に手を合わせています。

“会いたい”です。

今の自分を見て褒めてくれたら嬉しいですけどね…
褒めてくれるかな?
でもまずは、褒めてもらう前に「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたいですね。
今の自分があるのは、父の存在あってこそですから。

今年、私も46歳になり、当時の父の年齢と同じ年齢になりました。
これから先は、父が見ることができなかった年齢を重ねていくことになりますが、これからも“一緒に見ていてよ”と…そんな気持ちです。

―これまでも、これからも変わることのない“消防にかける思い”はありますか

2つあります。
ひとつは“全員野球”です。
私たちの世界には、救助の枠、消防の枠、救急の枠がありますが、その枠にとらわれることなく、みんなで協力して一つのことを成し遂げるべきだと考えています。
“全員野球”をすることで、最善の対処につながるからです。
お互いの情報を共有し、持っているチカラを補い合うことで悔いのない行動につながると思っています。

もうひとつは、地域の方との交流を大切にしていきたいです。
消防署の前を通りかかった方に「おはようございます」なんて言われた日はうれしくなります。
もっと消防署を身近に感じてもらい、よりみなさんが安心して生活できるような環境をつくっていきたいと思っています。

そして、相模原市がいつまでも平和な町であり続けてほしい、そう願っています。

相模原市消防局特別高度救助隊 左から山元隊員 中平隊員 平本隊長 西川隊員 西村隊員 安養隊員
相模原市消防局特別高度救助隊 左から山元隊員 中平隊員 平本隊長 西川隊員 西村隊員 安養隊員

相模原本署 特別高度救助隊
平本友和隊長
救助隊歴 平成11年4月から現在まで24年間
全国消防救助技術大会成績
平成10年大阪大会 障害突破:全国8位
平成11年横浜大会 障害突破:全国1位
平成13年東京大会 障害突破:全国4位
平成18年札幌大会 引揚救助:全国2位

相模原市消防局
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ライター(相模原市)

相模原市で生まれ、相模原市で育ち、今もなお相模原市で生活を楽しむフリーライター。昔も今も変わらない相模原市の良いところ、なつかしい風景、お店などなど…大好きな相模原市の楽しい面白い懐かしい情報を発信します。

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