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ナイジェリアを「金で買った」中国――「一つの中国」原則のため

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国の王毅外相(写真:ロイター/アフロ)

中国は11日、ナイジェリアに対する400億ドルの新規投資と引き換えに、台湾との関係を格下げし北京が主張する「一つの中国」原則を遵守することを約束させた。今後もこの外交戦を強化する。トランプ発言に対抗するためだ。

◆台湾のナイジェリア代表処の改称と移転

中国の王毅外相は1月11日、訪問先のナイジェリアでオンエアマ同国外相と会談し、「台湾は中国の領土の一部であり、中国を代表する合法的政府は、唯一、中華人民共和国のみである」という「一つの中国」原則を堅持することを約束させた。会談後の共同声明に署名したと、中国政府および中国共産党のメディアが一斉に伝えた。その中には中国政府の通信社「新華網」や中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球網」あるいは中央テレビ局CCTVがあり、特にCCTVは「メディアの焦点」という特別番組でこの問題を特集した。

ナイジェリアは「中華民国」と国交を結んでいるわけではないが、しかし首都アブジャに台湾との交流窓口として「中華民国商務代表団」を置いていた。中華人民共和国(北京政府)とも国交を結んでいながら、台湾との窓口組織名に「中華民国」という名称を使っている国は少ない。CCTVの報道によれば「アフリカでは唯一の国だ」とのこと。

このたび両国は台湾との交流窓口を首都アブジャからラゴスに移し、かつ窓口の名称から「中華民国」という言葉を削除することに合意した。

王毅外相は両国関係を新たな段階に引き上げるために、「一つの中国」原則を基礎に置きながら「ナイジェリアの鉄道、高速道路、水力発電および軍事安全」など、巨大なポテンシャルを持つ領域における協力を約束した。

◆その陰には400億ドル(約4.5兆円)の新たなチャイナ・マネー

1月14日、中国大陸のウェブサイトの一つである「観察者網」は「大陸はナイジェリアに400億ドルを新たに投資 台湾驚愕」というタイトルの報道をした。

それによれば中国政府はナイジェリアに、新たに400億ドル(約4.5兆円)の投資をすることを決定したとのこと。中国はすでにナイジェリアに450億ドル(5兆円強)を投資している。

王毅外相は共同記者会見で「中国はすでにナイジェリアに220億ドルの投資を実施し終わっており、残りの230億ドルに関しては現在当該プロジェクトを実施中だ。このたびさらに、新たに400億ドルの投資を追加したということだ」と述べた。

合計850億ドルの「チャイナ・マネー」をナイジェリアに注ぐことになる。

これだけのチャイナ・マネーを注いで、「国を買う」戦術に出たと言っていい。

◆対台湾の大陸“外交戦”新モデル

観察網は大陸(中国政府、あるいは北京政府)のこのやり方を「対台湾の大陸“外交戦”新モデル」と名付けている。同時に、「中華民国」と国交はないものの、台湾との間で「代表処」などの形で非公式交流機関を設けている国を、一つ一つ落していく「新しい手」に出るだろうと分析している。

1月14日付の「環球網」はまた、王毅外相が行くところ、必ず「一つの中国」原則を認めさせるための「鉄拳」が動いていく。台湾はそれ相当のツケを払わなければならないと、警告している。

1月10日付の本コラム「米中断交さえ!? 台湾総統の米国経由外交」で、筆者は以下のように書いた。

――北京政府は、「蔡英文は必ず制裁を受けることになる。現に昨年(12月20日)、台湾と国交を結んでいたサントメ・プリンシペ国は台湾と国交を断絶し中華人民共和国と国交を結んだ(12月26日)。台湾を国家と認める国は、この地球上でわずか21カ国しかないが、それも一気に無くなっていくだろう」と環球時報に言わせていた。

同日、テレ朝の「ワイドスクランブル」という番組で、「今後中国はどう出ると思うか」といった趣旨の質問に対して、筆者はおおむね「中国は今後、台湾と国交を結んでいる国を、チャイナ・マネーを使って、つぎつぎと落していくことだろう」と回答した。

その翌日に、王毅外相がナイジェリアにおける台湾との交流窓口の名称から「中華民国」という名称を削除させて、チャイナ・マネーにモノを言わせて「一つの中国」原則を誓わせたのは、なんとも象徴的である。

◆トランプ政権と日本

現在、中華民国と国交のある国は21カ国。国交はないが(あるいは断絶したが)非公式機関を置いて経済文化交流を行っている国は60ヵ国ある。日本などがその一つで、大使館は置かない代わりに、たとえば「台北駐日経済文化代表処」といった組織が設置されている。

日本はそれ以外にも台湾との間の交流窓口として「交流協会」というものを設立していた。これは1972年9月に中華人民共和国との間で日中国交正常化に関する共同声明に調印したとき、同時に中華民国との国交を断絶したことによって同年12月に設立された日台間の交流を存続させる財団法人である。

その「交流協会」を今年1月1日から「日本台湾交流協会」と改称したのは、少なくともナイジェリアとは逆の方向で、評価していい。

これまで中国の顔色を窺っていた日本の外務省としては非常に画期的なことで、おそらくトランプ陣営の中における対中政策の傾向を感知してのことだと推測される。つまり、トランプ政権の対中政策が「一つの中国」原則にも疑義を挟む可能性を秘めている何よりの証拠だろう。

1月13日、トランプ次期大統領はアメリカのウォール・ストリート・ジャーナルの取材に対し「もし北京が為替や貿易問題で譲歩しなければ、アメリカは“一つの中国”を見直さなければならなくなる」と語った。BBS中文網などが「トランプ:“一つの中国”原則を守るには北京の譲歩が必要」と伝えた。

昨年12月11日に米フォックス・ニュースのインタビューに対して述べた「通商を含めて色々なことについて中国と取り引きして合意しない限り、なぜ“一つの中国”政策に縛られなきゃならないのか分からない」という同氏の回答と比べると、やや強硬感が和らいだ感はある。しかし、トランプ次期米大統領はホワイトハウス内に貿易政策を担当する「国家通商会議」を新設し、トップに対中強硬派で知られるピーター・ナバロ氏を起用すると決定しているので、「一つの中国」原則に対する懐疑論は収まらないだろう。

そもそも北京政府が主張する「一つの中国」原則的概念を世界に広めてしまったのはニクソン元大統領とキッシンジャー元国務長官で、ニクソン氏が2度目の大統領選に勝とうとした個人的欲望から前のめりになった結果だ。日本の頭越しにキッシンジャー氏が訪中したことに驚いた日本が、あわててアメリカに追随した。日米が「一つの中国」を認めて(あるいは認識すると認めて)しまったことで、他の国が日米にならたったため、あたかも1972年以降(あるいは米中国交正常化が調印された1979年以降)の国際秩序を形成してしまった「不動の原則」のように見えるかもしれない。

そしてその結果、中国を強大化させてしまい、今では中国の覇権に苦しめられているというのだから、日米ともに反省しなければならないだろう。日米が強大化させてしまった中国が、それゆえに日米に脅威を与え、戦争の危険性さえ招くとすれば、本末転倒。

日本人は「中国共産党が如何にして強大化したのか」という歴史の真相を学ぼうとしないために、今もなお同じことを繰り返しているのである。思考停止が自国民に不幸をもたらすことにメスを入れたのがトランプ発言だ。いろいろ問題もあり、不確定要素も多い人物ではあるが、この発言にはアメリカ国民の感覚も込められているのではないかと、筆者には思われる。アメリカの中国研究者やシンクタンクとの接触により感じ取った実感だ。

安倍首相が地球儀を俯瞰して、東南アジアなどの関係国と経済交流などを強化するのは悪いことではない。ただ常に発展途上国に対しては日本国民の税金が膨大に使われており、おまけにほとんどの国が中国と日本に「いい顔」をして漁夫の利を得ている。安全保障に関しては当てにならない。

それよりは、「日中戦争中に毛沢東率いる中共軍が日本軍と共謀していた真相」を直視し、中国共産党がいかにして強大化したかを正視する勇気を日本が持つことの方が有効ではないだろうか。お金は一銭もかからない。真の思考力を持つ勇気を持てばいいだけのことである。

それにより中国共産党が統治の正当性を失うのである。「一つの中国」の是非を解くカギは、すべてこの事実の中にあるのだ。

この真相を直視する方が、かえって、戦争を回避できると筆者は信じている。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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