“大誤報”なんてぜんぜん珍しくない
山中伸弥京都大教授のノーベル医学生理学賞受賞に日本じゅうが湧くなかで、iPS細胞を使った世界初の臨床実験の“大誤報”もたいへんな騒ぎになっています。しかし、マスメディアの誤報というのはそんなに珍しいものなのでしょうか。
そんなことを考えていて思い出したのが、2009年1月に世を騒がせた「かんぽの宿」問題です。かんぽの宿は簡易保険加入者のための宿泊施設でしたが、赤字経営の恒常化で小泉―竹中時代の郵政民営化で売却対象とされ、日本郵政の西川善文初代社長(元三井住友銀行頭取)のときに、土地・建物と従業員の雇用継続込みでオリックス不動産に109億円で事業譲渡されることが決まります。
しかしその後、麻生内閣の鳩山邦夫総務大臣が、「2400億円もかけて取得した施設を109億円で売るのはおかしい」といい出し、それを機に、当時、総合規制改革会議議長だった宮内義彦オリックスグループCEOに国の大切な資産を安売りしようとしている、という批判が新聞やテレビ、週刊誌で連日のように報道されます。それを受けて、野党だった民主党の原口一博議員らが西川日本郵政社長を特別背任未遂などの容疑で東京地検に刑事告発しました。
当時の大騒ぎは覚えているかもしれませんが、この“大問題”がその後、どのようになったのかを気にするひとはほとんどいません。
日本郵政は批判を受けて、弁護士、公認会計士、不動産鑑定士からなる第三者委員会を設置し、かんぽの宿の譲渡契約を再検討しました。第三者委員会は4カ月で報告をまとめ、かんぽの宿の譲渡になんら不正な点がなかったことを明らかにします。
かんぽの宿を一括売却せざるを得なかったのは従業員の雇用を優先したためで、売却価格が109億円なのはそれだけの価値しかない物件だったのであり、オリックス不動産に譲渡されることになったのは入札でもっとも高い価格を提示したからでした。鳩山総務大臣らの批判には、なんの根拠もなかったのです。
民主党の国会議員の刑事告発はというと、2011年3月に東京地検特捜部は、「売却条件にもっとも近い条件を提示したのがオリックス不動産で、任務に反したとはいえない」として不起訴(嫌疑なし)とします。原口議員は前年9月まで日本郵政を管轄する総務大臣の職にあり、無実のひとを犯罪者に仕立て上げようとした行為はきわめて責任重大ですが、ほとんど話題にもなりませんでした。
第三者委員会の調査と東京地検の不起訴によって、「かんぽの宿」問題が政治的なでっち上げであったことが明らかになりました。おかしな大臣によるデタラメな発言によって日本じゅうのメディアが大誤報を連発しましたが、いまだに一行の訂正もされていません。だとしたら、おかしな研究者がデタラメな実験をしたとしたも、たいしたことではないでしょう。
“大誤報”をした新聞社は、3行ほどの訂正記事を出しておけば十分だったのです。
参考文献:『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』
『週刊プレイボーイ』2012年10月28日発売号
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