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「渋谷の生ゴミを循環の出発点にできないか」―生ゴミからサーキュラーエコノミーの仕組みづくりに挑む

大西達也ディレクター

ハロウィーンの翌朝。東京・渋谷の街中に残されたごみの山をみて、起業家の坪沼敬広さん(36)は自らにこんな「問い」を立てた。「都会を消費の終着点から新しい循環の出発点にできないか」。そこで思いついたのが、生ごみを堆肥にしてハーブなどの作物をつくることだ。それを商品化し、お金にかえる。これにより、廃棄→再資源化→供給→生産→商品化→流通→販売→体験という「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の仕組みを作り出せる――。とはいえ、そんなに簡単に生ごみから商品を生み出すことができるのだろうか?坪沼さんの試みを追った。

・生ごみが肥料に?
2022年9月のある日、坪沼さんは渋谷のビル内にあるカフェを訪ねた。「こんにちは」と声をかけると、店員がひと抱えほどの大きさのごみ袋を持ってきた。中身はコーヒー豆のカスだ。「このカフェでは1日1キロから2キロほどのコーヒー豆のカスが出ます」と坪沼さん。それをもらい受けると、同じビルの中に設置してある「生ごみ処理機」に投入した。これで豆カスが肥料になるという。出来上がった肥料からは、少し甘酸っぱい香りがただよっていた。

10年以上前のデータだが、東京には3万店超えるカフェや喫茶店があるという。各店が毎日2キロの豆カスを出すと仮定すると、総量は60トン以上になる。生ごみは焼却炉で燃やすよりも堆肥にした方が、はるかに環境にいいと言われている。焼却に必要な大量のエネルギーや二酸化炭素を減らしつつ、肥料として再利用することで、地球に優しいサーキュラーエコノミーにつながるのだ。

・そもそもサーキュラーエコノミーとは
世界ではさまざまな資源の枯渇が大きな問題になっている。サーキュラーエコノミーは、資源の有限性や環境問題を考慮しながら、製品やサービスの生産、消費、廃棄において、循環的なプロセスを導入する経済システムだ。廃棄物を新たな資源として再利用することで、資源の消費を抑え、環境負荷を軽減することを目指している。地球環境や社会問題への貢献を目指す、持続可能な経済システムなのだ。

坪沼さんは、目黒区のビルの屋上庭園で、生ごみを再利用した堆肥を使ってハーブを育てている。収穫したハーブで石けんなどを作っているが、そこから都市における循環を生み出すためのステップを踏み出そうとしている。また、渋谷の大型複合施設から出る生ごみを肥料化している企業と連携し、茨城で育てられたサツマイモから渋谷発の新しいスイーツを開発した。このようにさまざまな企業・団体と連携して、将来は東京以外の都市や地域にも循環のシステムを広げていきたいと考えている。

・法律の問題
堆肥作りには廃棄物処理法と肥料取締法による規制がある。例えば、生ごみをビルの外に持ち出して処理するには、市町村長または都道府県知事の許可がいる。坪沼さんは、ごみは持ち出さず、ビルの中で処理することで、許可がなくても堆肥をつくれるよう工夫した。スイーツの製造にあたっては食品衛生法に基づく許可を得られる場所を探し、保管や流通の方法も慎重に検討した。また、手作りの石けんは医薬品医療機器法(旧薬事法)により「洗顔用石鹸」としては一般販売ができない。このため坪沼さんは知恵を絞り、ワークショップで台所用の石鹸として実際に参加者に作ってもらう形を編み出したという。こうした努力と熱意により、法規制をクリアしたうえで製品の安全性や品質の保証が徹底されたビジネスを着々と進めている。

・なぜこのような仕事を始めたのか?
2020年、ハロウィーンで渋谷の街がごみだらけになることが、たびたび報道されていた。当時は「渋谷=イベントの街」ということから、イベントで発生するごみ問題はイベントの力で解決しようという声もよく聞かれた。坪沼さんは、これに疑問を抱いたという。イベントは人々の意識を啓発し、時には大きなムーブメントにもつながる。だが、それ自体が大量のごみを生み出すイベントは、日常的な問題を解決するための仕組みとしては不十分ではないかと考えたという。

坪沼さんが調べてみると、渋谷区で出るごみの70%は「事業系ごみ」で、その約半分が生ごみであることがわかった。「これらのごみをすべて肥料にできたら素晴らしい」。こんな思いつきが、新たな事業に結びつくきっかけになった。

2021年3月、「渋谷肥料」を立ち上げた。チームメンバーは2人の女性だ。清水虹希(しみずにき)さんは大学2年生で、商品開発を担当。アルバイト先での食品ロス問題に関心を持ち参加した。野田英恵(のだはなえ)さんは、環境関係の会社に勤めながらコミュニティデザインを担当している。坪沼さんを含め3人は環境や農業などのスペシャリストではない。しかし、いずれも「だからできない」ではなく「専門家ではないからこその発想でチャレンジして行くことで、打開策や新しい仕組みができるはず」と考えている。

・サーキュラーエコノミーを実現するために
サーキュラーエコノミーの実現には、手間やコストがかかる。坪沼さんは、そのためには人々の理解がもっと必要だと感じている。その解決策のひとつとなりうるのが、未来を担う子供たちへの教育だ。坪沼さんが数年前から出入りしている保育園では、給食から出た生ごみを肥料にして、敷地内でジャガイモやニンジンなどを作っている。驚くべきは、園児たちが「なぜこのようなことをするのか」をきちんと理解していることだ。「野菜くずを捨ててはもったいない」と感じる子どもたちが「循環する」ことを自然に理解し、実践していく。そんな未来になれば、サーキュラーエコノミーの実現も容易になると坪沼さんは感じている。

「サーキュラーエコノミーなんて、しょせんこの程度のもの」。社会のこんな冷めた見方に対し、坪沼さんは「何か新しいコンセプトを加えることで、人や社会の可能性がより広がっていくという思いが新たなモチベーションになっていく」と話す。

「僕だったらこういうことをしたいって、みんなとその仕組みを実現していく。サーキュラーエコノミーってものが皆さんの力で、もっとワクワクしていくものになっていく。そういうふうな世の中になっていってほしい」

クレジット

演出/撮影/編集: 大西 達也
記事監修: 国分高史
アドバイザー: 金川雄策
プロデューサー: 井手麻里子

ディレクター

ロサンゼルスで映像制作を開始。テレビ番組、CM、ミュージックビデオの企画演出を行う。帰国後は広告代理店を経てNHK BS 4K、NHK BS-1、NHK WORLD、ディスカバリーチャンネル、官公庁などで映像演出を手がけている。

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