20年後に「ゴーン事件」はどう回顧されているのか
日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン氏が東京地検特捜部に逮捕され、世界じゅうが驚愕しました。事件の詳細はこれから解明されていくでしょうが、直接の容疑は、退任時に受け取るはずだった報酬約50億円を有価証券報告書に記載していなかったというもので、会社の資金で世界各地に豪邸を購入するなど、それ以外にも目に余る私物化が行なわれていたとされています。
事件の背景にあるのはルノーと日産の経営統合構想で、フランス政府が筆頭株主として15%の株式を保有する「半国営企業」に吸収されるのを嫌った日産側のクーデターという見立ては間違っていないでしょう。首相官邸も了承のうえで行なわれた、日本企業と日本人の雇用を守るための「国策捜査」というわけです。
ゴーン氏が日本にやってきた1990年代末から、わずか20年で世界経済の様相は大きく変わりました。その当時、日本の大手電機メーカーが中国や台湾の企業に買収されるとか、韓国の電機メーカーがソニーを超えるとか、中国にシリコンバレーに匹敵するIT起業が誕生するといったら、頭がおかしくなったと思われたでしょう。
そんななかでも日本の自動車メーカーだけはグローバル競争に踏みとどまり、雇用を保障し利益を生み出してきました。しかしそれも、20年後にどうなっているかはまったくわかりません。
最大の脅威は、稀代のベンチャー経営者で映画『アイアンマン』のモデルともなったイーロン・マスク率いるテスラでしょう。その理想が実現すれば、ガソリン車はすべて自動運転の電気自動車に置き換えられることになります。自動車メーカーを頂点とする巨大なサプライチェーンが不要になるのはもちろん、徹底的にロボット化されたテスラの工場は自動車を組み立てるための労働者をほとんど必要としません。
これが絵空事ではないことは、イーロン・マスクのもうひとつのヴィジョンである「人類の火星移住」を実現するためのスペース・エックスを見ればわかります。国の威信をかけた日本のロケット打ち上げが失敗を繰り返しているときに、スペース・エックスははるかに大規模なロケットをかるがると宇宙空間に送り込んでいるのです。
もちろんテスラはたびたび投資家を失望させており、その事業が成功できるかどうかは現時点ではわかりません。しかし、世界じゅうから野心にあふれた天才たちを集めるシリコンバレーには、イーロン・マスクの跡を継ごうと待ち構える長い列ができています。早晩、そのなかの誰かが驚異的なテクノロジーとイノベーションで旧態依然とした自動車産業を一掃することは間違いないでしょう。
そう考えると、いまの大事件も20年後には「そういえば、そんなひとフランスから来てたよね」となるかもしれません。あるいは、「そんな自動車会社、あったよね」とか。
20年前、保身しか考えない経営陣と、あらゆる改革に抵抗する頑迷な労働組合のために、日産の経営破綻は時間の問題といわれていました。一時的かもしれませんがそこから復活させてもらったのですから、自分と家族を養うことのできた関係者は、この剛腕で傲慢な外国人経営者に相応の感謝を示すべきでしょう。
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