家で泣いたつらい日々を経てーー障がいのあるラッパーのメッセージに沸いた会場
「障がいの壁!分かちあえない世間!」。自らを取り巻くこんな環境をラップのリズムにのせて歌っているのはDamage Yakkun(29)。直腸機能障害、学習障害、注意欠如・多動症、不安障害、パニック障害、妄想性障害を抱える障がい者だ。就労支援の事業所に通うかたわら、障がい者差別をなくし、平等な社会を築きたいという思いから、ラッパーとしても活動している。ラップを始めたきっかけは、障がい者が社会に溶け込むための選択肢が増えてきたと思う一方、「障がい者」そのものへの理解はあまり進んでいないと感じたことだ。自身が体験した苦労や不便をラップで表現することで、障がい者の本当の姿を知ってもらおうというのがその狙いだ。
<「NIKKEI RAP LIVE VOICE」の舞台に立つ>
2023年12月3日。東京・池袋駅に現れたYakkunは、緊張した面持ちだった。この日初めて、多くの観客の前でラップを披露することになっていたからだ。
池袋の中心街にあるStudio Mixaで開かれた、「NIKKEI RAP LIVE VOICE」決勝大会(日本経済新聞社、テレビ東京主催)。ラップのスキルよりも、リアルな思いが乗ったリリック(歌詞)が評価される大会として知られている。400人近い応募者から、Yakkunはファイナリストに選出された。本番前の緊張の中で、Yakkunは決勝への意気込みをこう語った。「障がい者、健常者関係なく、強がることなくありのままのオンリーワンである自分を伝えていきたい」。
こう語った背景には、自らの経験がある。自閉症であるということだけで、「あれはダメ」「これもダメ」とさまざまな「決めつけ」をされてきた。だが障がい者にも健常者にも、それぞれ個性や苦手な事はある。それをお互いに分かりあえれば、差別やいじめもなくすことができるのではないかー。それがラップに込めたYakkunの思いだ。
<ラッパーDamage yakkunのこれまで>
広島県呉市の出身。Damage Yakkunには、ひどい差別を受けた経験がある。中学時代は集団で無視されたり、トイレで殴られたりもした。高校や、大学では、担任の教師や、教授に理解されず、身体について侮辱的な言葉も投げつけられたという。こうしたことがあると、家で泣いたり、自分の頭を殴ったりして落ち込んだ。精神的にもつらい日々を過ごしていた。
そんな時に支えになったのが、自閉症のあるラッパーGOMESSの存在である。2012年、高校3年生の時にYoutubeで見た「第2回高校生ラップ選手権」でGOMESSを知り、自閉症がありながらも努力している姿に感化された。「考えていることをダイレクトに表現するラップなら、障がい者として抱えている思いを伝えることが出来る」。そう確信したYakkunは、自らもラップを始めてみた。
まず伝えたかったのは差別を受けた者は動揺し、自信を無くしてしまうということ。さらに障がい者はみな、全ておかしいことばかりなのかという疑問だ。
始めたばかりの頃は、自分の気持ちを伝えるはずが、差別に対する非難が先走ってしまった。リリックにも健常者に敵対するような過激な言葉がならんだ。そんな時、再び彼を救ってくれたのがGOMESSだった。GOMESSが歌う「LIFE」という曲を聞くと、自分自身がやっているラップをやり直したいという気持ちになった。リリックににじむGOMESSの諦めない姿勢が、「また一から頑張ろう」というモチベーションになった。友人からも「弱い立場の気持ちがわかる障がい者だからこそ差別に悩み、苦しんでいる人たちを救ってほしい」との言葉をもらった。
自分のことを差別していた人たちも、ほかの誰かからいじめられていることを知った。その人たちも自分と同じように苦しんでいることが分かり、リリックは「失敗なんて怖くはない」というように、障がい者と健常者どちらからも共感されるような内容に変わっていった。
<障がい者の彼が訴えたいこと>
いまYakkunが持っている問題意識の一つに「障がいへの理解」がある。厚生労働省によると国民の約9.2%には何らかの障がいがある(2017年度調査)。Yakkunによると、実際の体験ではなくネットや教科書で得た知識だけをもとに、障がい者の特性を決めつける人がいるという。Yakkun自身、「メガネをかけたら落ち着く」、「お好み焼きは刺激物だから食べない方がいい」、「コーヒーを飲むと下痢をする」など言われたことがある。その結果、何を食べたら良いのか分からずパニックになり不安定な時期を過ごしたこともある。ネットから有益な情報を得られることはもちろんあるが、まずは障がい者本人を見て、それらが正しいかを判断してほしいと話す。
<ラップで伝えることの難しさ>
健常者へ過激な言葉がリリックから消えてくにつれ、SNS上でファンも増え始めた。ただ、その9割は障がい者や福祉関係者、残り1割が障がいに理解のある健常者だ。伝えたい人に思いを届ける道のりは、まだまだ長い。Yakkunはラップという音楽で勝負しているため、音楽性や聴きやすさなどの点から厳しい意見をもらうことも多い。滑舌をよくする訓練をしたり、ラップとしての技術を磨いたりする必要はまだまだ大きいと感じている。それでも「自分の考えをラップで伝える」という本筋からは外れないように作曲を続けている。
<ラップコンテストでの躍動、今後の目標>
迎えた決勝大会。Yakkunはステージを端から端まで動き回り、以前よりもかなりよくなった滑舌でベストのパフォーマンスを披露した。そこに込めたのは、「平等な社会を築きたいんだ」という素直な気持ちだった。
審査の結果、Yakkunは実質的には第3位となる「サンリオ賞」を受賞した。審査員のひとり菊地成孔氏は「ダメージの人とかって、しゃべりが人と違いますよね。音楽に乗っかった時に、それが魅力的に感じるかというのは大切。とても魅力的だったので、歌っていうものが何かって考えた時の重要なキーを差し込んでくれたと思っております」と称賛した。この評価は「歌にとって大事なものは何かを」Yakkunが表現できたことのあかしと言えそうだ。自身も「障がいを持っていて、誰かに理解されるまでに時間はかかるけど、こういう人もいるんだな、こういう風にエールを与えている人もいるんだなって言うのは伝わったと思います」と振り返る。
大会が終わると、決して若者ばかりではなかった観客の中には、Yakkunに駆け寄って「応援しています」と声をかける人もいた。Yakkunは初めて会うファンを前に、緊張した面持ちだったが、しばらく話し込む光景も見られた。大会後も反響は大きく、Yakkunのもとには、「無償で曲作りに協力したい」との申し出がSNSを通じて何件か寄せられたという。
この大会での受賞を機に、Yakkunはさらに先へと進んでいくことを決めた。日本のラップ界の登竜門とされる「ラップスタア誕生」の予選への出場だ。たとえ障がいがあったとしても、人間には可能性があることを証明したい。
「自分の曲を聞いてくださって、元気をもらって下さっている人たちのために、ちょっとでも勇気を与え続けれたらと思っています。できないことがあったとしても、あきらめずにやっていきたい」
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