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「絶滅寸前の種類ほど燃える」ーー日本初の野生生物保全の施設で挑む、白い希少生物の繁殖 #ydocs

中山怜映像クリエイター

元動物園飼育員の本田直也さん(48)は2023年、北海道恵庭市に希少野生生物の保全活動を行う「野生生物生息域外保全センター」を設立した。環境省や専門機関と連携しながら、絶滅に瀕した生物を飼育下で繁殖させ、野生に返すまでの技術を確立することを目的としている。「希少な動物を死なせちゃいけないというプレッシャーは、めちゃくちゃありますし、正直しんどいです。それでも、絶滅寸前のギリギリの種類ほど、なんとかせねばとやっぱり燃える」

地球の歴史上、現在はさまざまな生命にとって6度目の大量絶滅の危機にあるといわれている。過去の5回とは違い、いまの危機の原因は人間による環境破壊だ。日本でも開発による生息地の減少や外来種の影響により、野生動植物の約3割が絶滅の危機に瀕しているという。それらを飼育技術者の立場から少しでも食い止めようとする本田さんたちが今優先的に取り組んでいるのが、沖縄本島南部に生息する白いカタツムリ「アマノヤマタカマイマイ」の繁殖だ。足りない施設の運営費を自己資金で補填しながら、365日体制で保全活動にあたっている。野生生物保全の最前線を訪ねた。

■「守る対象は選別しない」未知の生態・白いカタツムリの繁殖に挑む

沖縄県産の希少カタツムリ「アマノヤマタカマイマイ」
沖縄県産の希少カタツムリ「アマノヤマタカマイマイ」

始まりは、環境省からの1本の電話だった。「沖縄県産の希少カタツムリ類の繁殖に取り組んでもらえないか」。2023年10月、本田さんが受けたのは、そんな問い合わせだった。その1種であるアマノヤマタカマイマイは、国内外来種のヤエヤママドボタルに捕食され激減してしまった。環境省は本種を絶滅危惧種1A類に指定し、飼育下での繁殖、生息域外保全に取り組むこととなり、その一環として保全センターにも計画参画の依頼があった。二つ返事で受け入れを表明した本田さんは、その後、生息地を訪問。生息環境の現状を確認し、保全センターにて「生息域外保全」を開始した。

なぜ、目立たない生き物を?「我々は、地味だろうが何であろうが絶滅の危険度が高い種については可能な限り受け入れていくことを使命としています。動物園でも希少動物の保護が行われていますが、展示するための大きな動物が中心です。しかし、本当に絶滅の危機にあるのは、目立たない昆虫や無脊椎動物です。なので目立たないカタツムリなどが私たちにとって本命と言えます」

種の受け入れ基準で最も重視するのは、その対象種に必要な気候条件を人為的に提供できるかどうかだ。よって、この施設は高山地帯から熱帯まで、あらゆる生息地の気候が再現できるように設計されているという。「その気候デザインこそが、この保全センターの専門性です」と本田さんは説明する。

■飼育の難しさから死んでしまった事例も――手探りの飼育で「産卵が誘発できない」

野生生物生息域外保全センター代表の本田直也さん
野生生物生息域外保全センター代表の本田直也さん

アマノヤマタカマイマイの繁殖は、保全センターを含む7つの施設で実施されている。しかし、環境に適応できずに死んでしまった個体もいる。本田さんの施設では、そうした事例やノウハウを活かしながら、生物の日々の管理を通して、飼育下でしか得ることのできない生態に関する知見を集積する。そして遺伝的多様性に配慮しながら個体を増やし、野生に返すための技術の確立を目指していく。

「ぼくも本格的にカタツムリを飼育するのは初めて。カタツムリについては、詳しくない」。はじめは一般向けのハンドブックを読みながらの手探りだった。餌には市販のザリガニ用人工飼料やナスなどにカルシウム粉末をかけて与え、栄養バランスを整えていく。カタツムリが背負う殻はほとんどカルシウムでできているため、栄養分として必須なのだという。

試行錯誤を繰り返しながら繁殖を目指す
試行錯誤を繰り返しながら繁殖を目指す

試行錯誤の末、保全センターでは2023年9月から15匹の飼育を開始してから、2023年12月に繁殖のためのペアリングを実施し、その後交尾を確認した。

だが、生態が明らかではない野生生物の繁殖は、一筋縄ではいかない。次にぶつかったのは、産卵の壁だった。交尾はできても、産卵が誘発できないのだ。これまでの他施設の繁殖例から、産卵の誘発に特別な条件は必要ないことは理解していたが、本田さんは産卵のトリガーとなる条件を探すため、飼育環境を微調整した。

基本的に体のほとんどが水分のカタツムリは、とにかく乾燥を嫌う。一方、アマノヤマタカマイマイは樹上性で、地上性のカタツムリとは違い、直射日光や強風、乾燥などにさらされる環境で日中を過ごし、湿度が上がる夜に活動している。 「これまで樹の上で生活するカタツムリというものに着目したことがない。乾燥に弱くて繊細な動物が、生息地の(乾燥した)環境にさらされて生きているっていうのがまず驚きなんですよね。強い日射であったり、強風だったり。それら条件をどこまでで再現するかというのは、また別の話なのですが、刺激を与えすぎてもダメだし、与えなさすぎてもダメ。必須条件を見いだし、より安全で効率的な手法を確立させていくことが重要です」

温度や湿度の変化、床材の湿り具合、隠れ家の設置、また飼育ケースを窓際に置いて直接日光にさらすなど、さまざまな試みで産卵を促したが、ひと月たっても結果はでなかった。

「樹上性カタツムリの飼育は実に奥が深い。」

■「絶滅ギリギリの種類ほど、やっぱり燃える」不屈の精神で挑む繁殖

樹上性で1日の大半を木の上で過ごす
樹上性で1日の大半を木の上で過ごす

アマノヤマタカマイマイは、沖縄本島南部の石灰岩地の林やその周辺の木の上に生息している。分布域が極めて狭いため、情報が少ない。それでもほかの施設から、飼育下では石灰岩を設置したところ、その下に卵を産みつけたという情報を得た。さっそく石灰岩を購入。適当なサイズに砕いてケースに入れ、経過を観察した。すると、交尾から2カ月近い2月10日、産卵が始まった。

アマノヤマタカマイマイは慎重に体を曲げ、頭を伸ばし、石灰岩の下に卵を産みつけた。この瞬間を見届けると、本田さんは安心した表情を浮かべた。卵は大切に保管し、数週間から数カ月かかることもあるという孵化(ふか)まで、しっかりと手をかけていく。

実際に施設内で産卵したアマノヤマタカマイマイの卵
実際に施設内で産卵したアマノヤマタカマイマイの卵

この事例だけで産卵に石灰岩が効果的であったとは断定できないが、一つの知見となる。「カタツムリの飼育は生息環境の気候デザインが最も重要。建築環境や室内気候デザインはぼくの専門領域なのでやりがいはある。環境デザインについての明確な言語化は難しいけど、何を提供すべきか感覚的に理解できる。これを言語化して、マニュアル化、汎用化していくのが次のプロセス」と本田さん。

「絶滅寸前のギリギリの種類ほど、やっぱり気合も入るし燃える」

■約300匹の生物を自宅で飼育し、飼育技術に関心を持った

ほぼ毎朝施設に来て飼育ルーティンをこなす
ほぼ毎朝施設に来て飼育ルーティンをこなす

札幌市出身の本田さんは、物心ついた時から生き物が好きだった。幼い頃は昆虫やハムスターなど、身近な生物はなんでも飼育してきた。やがて爬虫(はちゅう)類と両生類に興味を抱き、小学校5年で親から飼育が許されてからは、飼育技術への興味も強まり、飼育数も増えていった。中学生になる頃には約300匹の生物が自分の部屋にいて、繁殖も行っていたという。高校に入学するとその思いは更に強くなり、動物園で働きたいと思うようになった。しかし、動物に夢中だったホンダさんの当時の評定平均は1.9。目指す動物園の飼育員は公務員試験合格が必須だった。それでも動物への思いを諦めることはできず、見事合格までこぎつけたのである。「自分は動物のおかげで何者かになれた。飼育員になって給料を得て生活できるようになったし、精神的にも飼育があったからやってこられた。なので飼育技術を通して恩を返したい」と振り返る。「基本的に環境へ適応する能力が低く、ヒトからよりかけ離れた種に興味を持つ。カタツムリもそう。一般的にはあまり注目されない存在ではあるが、飼育技術者の立場で、希少生物の保全に貢献できるということが何よりのモチベーション」という。

■飼育のプロが抱く野生生物保護への危機感 資金調達に苦労も、施設創立へ

一般社団法人野生生物生息域外保全センターの外観
一般社団法人野生生物生息域外保全センターの外観

本田さんは、1996年から地元の札幌市円山動物園で飼育員として働いた。この間、さまざまな動物の飼育を経験、特に爬虫類・両生類は、約70種を担当し、ヨウスコウワニの屋内飼育繁殖に世界で初めて成功するなど貴重な経験を積んだ。

本田さんは20代の頃から、日本の動物園の在り方に危機感を感じ、飼育技術を背景とした保全専門施設の立ち上げを構想していたという。当時は希少動物の保全に携わる研究者や団体から、日本の動物園に保全機能はないと見なされていた。というのも、日本の動物園は海外の保全を主軸とした施設とは異なり、見せ物として始まった施設から脱却できず、保全活動を続けるための環境が整う施設が少なかったのだ。

「日本の動物園の多くは税金で運営されていることもあって、構造的な問題がある。動物園独自に意思決定や資金のやりくりができない。希少な野生動物の保全に素早く対応するために自ら意思決定できる施設が必要だろうと、それで(保全センターを)作ったわけです」

この施設では保全する種を選別せず、絶滅の危機に瀕したすべての生物を受け入れる。その上で、現地の環境を施設に再現し、飼育下で保全を行う。このように保全対象を限定せず、飼育下で保全活動を行う保全専門施設は日本初となる。

本田さんが構想したような施設をつくるには、資金が必要だ。建設費や人員は学校法人との連携により解決できた。運営費は主に環境省の交付金や寄付で賄っているが、それでは足りず、本田さんの退職金や講師、コンサルティングなどで得た自己資金も投入している。現在は365日休むことなくセンターの動物の世話にあたりながら人材育成を行うことで、活動を維持している。

■本田さんの技術と情熱が小さな命に宿る 「まずは1万匹が目標」

卵から孵ったばかりのアマノヤマタカマイマイ
卵から孵ったばかりのアマノヤマタカマイマイ

2024年3月7日、待ち望んだ瞬間が訪れた。アマノヤマタカマイマイがついに孵化したのだ。孵化開始から丸一日ほどで卵から孵る。生まれたカタツムリの赤ちゃんは体長2〜3ミリメートルほどだが、小さな殻と二つの伸びた目。見た目はしっかりとカタツムリだ。その後、カタツムリの赤ちゃんたちは別のケースへ大事に移されていった。他の卵も数日間にわたってかえっていった。

「この瞬間はやっぱりいいね」

よろこんだ本田さんだが、これで繁殖がすぐに軌道に乗るわけではない。「ここから何度も失敗と成功を繰り返し、生態についての知見を集積しながら、繁殖までの流れを汎用化できるように飼育・研究を進めていく」。同時に、生息地での保護活動として、地元の研究者や行政が外来種の駆除などを行い、生息環境を整えて元の生態系を取り戻す作業も同時に進めている。

まずは1万匹。やれるところまで増やすのが目標だ。

■「産みの苦しみ越え人材育成を」技術継承を目指す本田さんの使命

人材の育成も同時に行う本田さん
人材の育成も同時に行う本田さん

7月現在、産卵と孵化に成功したのは1度きりで、繁殖できたのは22匹程度に留まった。このことからも、このプロジェクトの難しさがわかる。

たった一人が知識や技術をもっていても、飼育・保全活動は成り立たない。次世代への技術の継承も必要だ。「飼育方法が確立していない種を飼育する技術を開発するのは大変だし、さらに保全には多くの人を巻き込んでいく人間力が必須です。事業を創造するゼロから1を生む人材と、それを汎用化させる1から10の人材、それらをバランス良く育成しながら、この組織を適切に運用していきたい。」。めざすのは、「保全センターのスタッフはやっぱり一味違うね」と、周囲から一目置かれるようなスタッフの育成だ。

野生生物生息域外保全センターは、施設内での保全だけでなく、その知識・技術を動物園や水族館に伝え、研究機関や保護団体とのハブとしての大きな役割を担っている。

「保全センターでたくさんやることがあるというのは、それだけ野外の環境が劣悪だということ。究極のところは、(環境が改善して)この施設がなくなるのが一番いい」

その日が来るまでは、ひとつでも多くの種を絶滅の危機から救いたいと思っている。

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】

映像クリエイター

北海道在住の映像クリエイター、デザインと映像分野を専門学校で学び、現在はドキュメンタリーを中心に映像制作をしている。2022年の札幌国際短編映画祭にてドキュメンタリー作品「I'm OK!」が入選。