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「私はこの、レイピストである俳優の母の涙は理解できません」 ジェーンさんからの電話

小川たまかライター
今回の事件に抗議するため、キャサリンさんの元に世界中から寄せられた画像

■私は今日沈黙してはいられませんでした

8月26日の夜、彼女からメールがあった。「高畑裕太の事件、わかってると思います。そのことで明日電話したい」、そういう内容だった。

彼女の名はキャサリン・ジェーン・フィッシャーさん。オーストラリア出身で1980年代に来日し、日本に暮らしている。テレビでタレント活動をしていたこともあった。2002年の4月、彼女は神奈川県横須賀市で在日米軍の米兵からレイプ被害に遭った。警察からの取り調べで深刻なセカンドレイプに遭ったことや、アメリカに帰国してしまった犯人を見つけ出して裁判を起こし、勝訴したことなどを、『涙のあとは乾く』(井上里訳/講談社/2015年)にまとめている。私は取材を通して彼女と知り合い、その後交流を続けている。

27日の夕方、ジェーンさんに電話をかけた。彼女は怒っていた。事件についてはもちろん、26日に行われた容疑者の母、女優の高畑淳子さんの会見について怒っていた。私は26日に公開した自分の記事で、一部の報道に対して抗議のメッセージを募っていたため(現在も更新中)、ジェーンさんもメッセージを寄せてほしいことを伝えた。

快く応じてくれたが、彼女が伝えたいメッセージは、報道への抗議にとどまらなかった。電話で聞いた言葉をまとめた私の文章に対して、彼女はもどかしそうに、「自分でメッセージを書いた。俳優の母の会見について言いたい」と言った。

彼女から届いたメールを訳したものを、下記に載せる。ヤフーニュース個人はオ―サーが取材した内容や、社会問題についてのオ―サーの意見を書く媒体だが、彼女からのメッセージをすべて載せることには意味があると私は考えている。高畑淳子さんの会見に関する部分と、被害者の方に対する部分の2つに分けて紹介する。

■レイプされることがどんなことなのか

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今日私はこの作品を描きました。これは高畑裕太のレイプ被害者の方に捧げるものです。私は今日沈黙してはいられませんでした。

犯した罪を謝罪するために事件について記者会見を開くことが日本人の習慣であることは知っています。ですが、私はこのレイピストである俳優の母の涙は理解できません。

なぜ彼女は泣いているのですか? 彼女の息子が獣のように被害者をレイプしたせいで、その女性がいま味わっている生き地獄のために泣いているのですか?

もしくは、彼女の息子が逮捕されたせいの涙ですか? 悪いけど、私にはこれが理解できませんでした。

メディアがその母親に被害者女性に対して何を言いたいか聞いたとき、彼女には重大な言うべきことが特になかったのだと私は気づきました。

けれども、もしあなたが私をレイプした男の母親だったら、私はあなたの顔を見たりあなたと話したりするのですらいやだったかもわかりません。レイピストの母の言葉は不適切です。

さらに言えば、どんな額のお金も謝罪も、レイピストが被害者の人生を破壊したことを払い戻してはくれません。

そして、裕太の母親へ、同情をひいたり息子の刑期を軽くしたりするために、メディアの前で涙を使うべきでは決してありません。母親として、自分の息子がレイピストであることを受け入れるのは極めて困難だろうとわかってはいます。私は3人の息子の母親です。

しかし、私はレイプの被害者でもあります。女性をレイプした息子が逮捕されたあなたの悲しみを私はわかりません。

あなたの涙は私にとってなんの意味もありません、そして被害者の母親、父親、家族も同じように感じていると確信しています。私は彼女の両親に代わって話すことはできませんが、自分個人の体験を通してわかるのです、レイプは私の人生を壊しただけではなく私の家族全員にも影響しました。

裕太の母が私の本を読み、レイプされることがどんなことなのかわかってもらえればと思います。人はレイプの被害者になるまで、レイプされることの現実を理解できないのです。

性犯罪被害者は社会の中で匿名の存在になりがちだ。それは社会が彼ら彼女らに「恥」の烙印を押しているからでもある。匿名の存在にならざるを得ない彼ら彼女らに対して、心ない想像を向ける人がいる。しかし被害者には一人ひとり「顔」があり、ストーリーがある。もちろん、すべての性犯罪被害者がジェーンさんと同じように思っているわけではない。けれど、被害者の一人である彼女がどう思っているかを世の中に出すことは、性犯罪被害者が隠れた存在にされがちな現在の社会において、必要なことだと感じた。

また、個人的には、成人した子どもの犯した罪について、親が責任をとる必要はないと思っている。高畑淳子さんは、これまでの仕事が表に出るものだっただけに、会見を開かないわけにはいかなかったのだろう。けれど、加害者と加害者の家族は別の人間であり、加害者への責任追及が加害者家族に向けられてはいけないのと同じように、加害者の家族に向けられる同情が、加害者に向けられる同情と混合されてはいけない。高畑淳子さんは会見で同情を買う意図はなかったかもしれないが、本人の意図がどうであれ、あの会見を見て「気の毒だ」と感じた視聴者はいるだろう。その同情が、これから行われる裁判結果に少しでも影響しないことを祈る。それが気がかりだ。

■被害者と一緒に怒る人がいると伝えたい

それから、会見について書かれた記事で、とても反響を呼んでいた記事があった。ジェーンさんのメッセージとも通じるところがあると感じた。一部のみ引用するが、ぜひリンク先で全文を読んでほしい。漫画家の田房永子さんが書いたブログ記事だ。

田房さんは、喫茶店で痴漢被害者に対して弁護士が「有名な企業の人だから、あなたが訴えるとニュースになって新聞に顔写真とか名前が載っちゃうんだよ」と示談を勧めている様子を目撃した経験を踏まえ、次のように書いている。

ずっとずっと、高畑淳子の悲壮な様子がテレビで流れ続ける。

加害者家族の苦しみ という、今まで日本が生で見たことのない、強烈にセンセーショナルな映像が、ずっと流れる。しかもそれが、今まで親しみを持っていた親子だから、国民の高畑淳子への同情は今、大きく膨れあがって炸裂状態になっている。

この映像が、この現象が、「あなたの訴えが、加害者の人生をどれだけ狂わせているか」という説得を弁護士がする際にとても有利な材料になってしまっていると思う。

出典:高畑淳子の会見(むだにびっくり)

さらに、田房さんのブログを読んで共感したという女性が書いたブログも反響が大きい。彼女は性犯罪の被害経験があり、裁判で闘った経験を書いている。こちらもぜひ、リンク先で全文を読んでほしい。

この裁判の後、加害者の母が私の元へ来た。加害者の母とは言え、彼女は悪くない。そう思って、私は彼女の話を聞くために振り返った。

「うちの息子も反省して立ち直っているんだから、あなたも早く裁判なんてやめて立ち直って」

目の前が真っ白になった。こいつは何を言っているんだろう?と思った。

反論しようとした時にはすでに母親は遠くにいた。叫ぶ私に対して「はいはい。はいはい」と言ってぺこぺこしながら歩いて行った。

出典:高畑裕太が「容疑者」となってからふつふつとわきあがる心の奥の何か(底辺ネットライターが思うこと)

ウェブ上で少しずつ自分の経験や思いを語り、被害者と一緒に怒る人がいることに私は希望を感じている。

■被害に遭った女性へ

ジェーンさんのメッセージに戻る。ジェーンさんは、被害に遭った女性に向け、次のように綴っている。

今日、私はレイプされた女性が癒えるように祈っています。

回復するには何年も、それか一生かかるかもしれません、けれどもレイプの被害者として私は癒えることが可能だと知っています。

もし私が彼女にメッセージを届けられるなら、愛情の中に身を置いてくださいと言いたいです。

1日を大切に過ごしてください。

そして、社会が無関心であろうと、彼女がいまなにを経験しているのか理解してくれるたくさんの他のレイプ被害者が日本や世界中にいることを言いたいです。

私達があなたのことを心配していると示すため、このハッシュタグ(#toothbrush)を始めました。

レイプ被害者の中には、レイプされた苦痛と共に生きられなくなり、自殺を決意してしまうほど絶望でいっぱいになる人もいます。あなたにも、これを読んでいる他のレイプ被害者にもそうはさせないでください。

諦めないで。あなたをレイプした男に、あなたの大切な人生の時間をもう1秒だってあげないで。

あなたをレイプした奴はあなたの涙に値しない。

この嵐が過ぎたら、気高く立ち上がって。

私達はあなたを尊敬しています。この戦いにおいて、あなたは1人ではありません。

たくさんの愛をあなたに。

ジェーンさんは、#toothbrushのハッシュタグで、レイプに抗議の意思を示し、被害者を励ましたいと考える人たちから歯ブラシの画像を募っている。この事件で象徴的なのが「歯ブラシ」であること、そして「あなたが歯を磨く2分間、性犯罪について考えてみて」という意味を込めている。

ジェーンさんの呼びかけに応え、世界各国から寄せられた歯ブラシの画像がこちら。

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前回の記事では、Change.org広報の武村若葉さんが、海外で起こった、レイプに対する抗議のキャンペーンやアクションについて触れ、「(日本では)マスメディアで女性を擁護したり応援する論調の記事がほとんど出て来ない」と言っている。ジェーンさんがするように、被害者のためのアクションはまだ日本では一般的でないかもしれないが、被害者を勇気づけたい、励ましたい、力になりたいと思っている人もいるはずだ。

参考までに、海外でのレイプ事件に対する抗議行動は、たとえば次のようなものがある。

大学レイプ事件を受けて、卒業式で学生がとった行動(COSMOPOLITAN/2016年6月26日)

16歳少女を33人で集団レイプ 動画投稿にブラジル全土で怒りが沸き起こる(ハフィントンポスト/2016年5月29日)

レイプされた女子大生は、キャンパスで犯行現場のマットレスを引きずり回す。真実が明らかになるまで。(ハフィントンポスト/2014年9月9日)

■性犯罪関連の書籍

最後に、ジェーンさんが高畑淳子さんに自分の本を読むよう訴えているが、ジェーンさんの著書『涙のあとは乾く』以外にも、性犯罪のサバイバーによる書籍はある。小林美佳さんによる『性犯罪被害にあうということ』『性犯罪被害とたたかうということ』や、大藪順子さんの『STAND―立ち上がる選択』。

さらに、これは個人的な意見となるが、加害者は被害者の気持ち、痛みを知るとともに、自分自身についても知ってほしい。なぜ性犯罪を犯してしまったのか。性犯罪は「性欲がおさえられないことでおこる衝動的な犯行」と考える人が多いが、性欲ではなく支配欲の発露であり、冷静に計画的に行われることがあることを指摘する識者もいる。なぜ自分が性暴力を行ったのか。加害者には、言い訳をするためではなく、自分自身を分析し、反省し、再度罪を犯さないために、考えてほしい。加害者の治療プログラムを受けてほしい。加害者についての書籍は、『性犯罪者の頭の中』(鈴木伸元)や『性依存症のリアル』(榎本稔)などがある。『性犯罪報道』(読売新聞大阪本社社会部)でも、加害者への取材が行われている。

性犯罪、性暴力についての書籍を探そうとするとポルノが一番にヒットしてしまうこともあり、こういった情報の共有も必要だと感じている。

今回の事件も、俳優が起こした衝撃的な事件としてだけ取り上げられ、すぐに忘れられるかもしれない。しかし、この事件が大きく報道されたことで、複雑な思いを抱いている人たちがいる。性犯罪がなぜ起こるのかを考え、性犯罪被害者の声を聞くことの意味を考える人が1人でも増えれば。そんな思いでこの記事をまとめた。

ここまで書いて、私は今年4月に起こった沖縄の事件の後にも、ジェーンさんから電話をもらったことを思い出した。悲痛な事件が起きるたび、彼女は電話をくれる。そして何か行動を起こしている。でも本当は、ジェーンさんが私や他の誰かにこんな電話しなくていい日が来るのが一番なのだ。彼女たちに平穏が訪れることを祈っている。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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