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国民のエゴイズムによって平和な時代はつづく

橘玲作家

戦後70周年の夏も大過なく終わり、その一方で安保法制をめぐる議論が熱を帯びてきました。私の住んでいる街でも、週末には「平和を守れ!」「戦争反対!」のデモが行なわれています。

特定秘密保護法の審議でも反対派が国会を取り囲みましたが、国民はほとんど関心を示さず、いまではそんな法律があることすら忘れています。それに対して安保法制が政権を揺さぶるのは、もともと憲法違反のものを諸事情によって合憲と強弁する筋の悪さとともに、「戦争法案」への危機感が主婦を中心とする女性層を動かしたからでしょう。ふだんは政治に興味を示さない女性誌も、「読者の強い関心」から安保法制を特集するようになりました。

政治ゲームでは、敵に負のレッテルを貼るのは強力な武器になります。民主党政権は「売国」のレッテルに苦しみましたが、こんどは自民党政権が「戦争」のレッテルで同じことをされているだけで、権力闘争とはそういうものです。無益なレッテル貼りは社会のあつれきを増し政治の質を下げますが、有権者の大半が面倒な議論を嫌い、わかりやすいレッテルを求める大衆民主政ではこれはしかたのないことなのでしょう。――米大統領選・共和党候補者指名争いでの富豪ドナルド・トランプの躍進を見れば、同じことが世界じゅうで起きていることがわかります。

日本社会の保守化がいわれますが、ネトウヨに影響されたのか、安倍政権はそれを「愛国」と勘違いしたようです。欧米も同じですが、政治的な大潮流は「生活保守」であって、ひとびとが求めているのは「安全」なのです。

少子高齢化は子どもが減り高齢者が増えることですから、高齢層の政治力が大きくなると同時に、需要と供給の法則から希少な子どもの価値が上がります。いまでは1人の子どもを両親と祖父母の6人で育てることも珍しくなくなりました。

そんな彼らは、自分の子どもや孫が「お国」のために生命を捧げるなどとはぜったいに考えません。かつて日本の首相は「人の命は地球より重い」といいましたが、いまや「子どもの生命は国より重い」のは当たり前で、だからこそ「戦争」や「徴兵制」の言葉に過敏に反応するのでしょう。彼らにとって、子どもの安全を脅かす(ように見える)ものはすべて“絶対悪”なのです。

日本人の歴史観が奇妙なのは、「軍部や政治家が国民を戦争に引きずり込んだ」という話にいつのまにかなっていることです。現代史をすこしでも勉強すれば、事実はまったく逆なことがわかります。

日清戦争で台湾と賠償金を手に入れて以来、日本人は戦争で支配地域を増やすことが「得」だと思い込み、利権を手放すことにはげしく抵抗しました。こうした国民のエゴイズムを一部の軍人や政治家が権力闘争に利用し、「愛国」の名の下に国家を破滅へと引きずり込んでいったのです。――国民が戦争を求めたからこそ、国は戦争をしたのです。

こうした歴史に学ぶなら、国民のエゴイズムがこれほど頑強に「戦争」に反対している以上、どんな愛国的な政治家でも戦争などできるわけはありません。安保法制がどうなろうが、平和な時代はこれからもずっとつづくことでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年9月7日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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