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集英社「手塚賞」受賞の富山大生 卒論「量子テレポーテーション」をマンガで描いた!

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
富山大工学部・上田太郎さんが描いた漫画の卒論「量子テレポーテーション」の1コマ

 富山大学工学部知能情報工学科の玉木潔教授(42)から「漫画で卒業論文を描いた学生がいましてね。これが、とても素晴らしく、よく描けているんですよ」と聞き、卒論「量子テレポーテーション」の作者・上田太郎さん(23)に会いに行った。4月以降は故郷の愛知県へUターンし、自動車部品メーカーで勤務するそうだ。すでに実家への引っ越しを終えたという上田さんに卒業式の前日、取材をお願いした。なぜ漫画で描いたのか? どんな卒論なのか? そして、漫画家になるという夢を諦めてしまうのか? 

玉木教授(左)と漫画による卒論について話す上田さん
玉木教授(左)と漫画による卒論について話す上田さん
未来都市の風景から始まる上田さんの漫画
未来都市の風景から始まる上田さんの漫画
卒論「量子テレポーテーション」の表紙
卒論「量子テレポーテーション」の表紙

 作品を見ると、1ページ目の未来都市を描いた筆致に、「オッ」と思わせられる。構図がユニークで、「漫画は趣味・特技のレベルではない。相当な実力である」と気づかされた。それもそのはず。上田さんは、集英社が主催する少年向けストーリー漫画の新人賞「手塚賞」の佳作を受賞したことがある。大学1年生の時、同賞(の2014年下半期)に3作を応募し、バンド活動に打ち込む主人公を描いた「Be my voice.」が受賞を果たした。

「子どものころから絵を描くのが大好きで、中学生になってからはGペンなど専用の道具を使って描くようになりました。大学でも漫画研究会に入っていたので、ずっと漫画を描いてきました」

最も得意とする表現として漫画で

 淡々と話す上田さんの語り口に、特別な気負いはない。「難しい内容だから、文章だけでなく、絵があれば分かりやすいだろう」との思いがあった。自身の見解を的確に伝えるため、最も得意とする表現として漫画を選んだにすぎないという。

量子テレポーテーションを説明するページ
量子テレポーテーションを説明するページ

 卒論のテーマ「量子テレポーテーション」は、量子力学の応用の中では非常に重要であり、難しい内容だ。SF小説で「テレポーテーション」といえば、人や物が瞬間的に移動することを指す。これらは夢のテクノロジーや超能力だと思われてきたが、1990年代に入るとその方法が理論的に提案され、2000年以降からは世界中の研究機関や大学で原理検証実験がおこなわれている。

主な登場人物は量子テレポーテーションする「リョージ」とロケットで移動する「コータ」
主な登場人物は量子テレポーテーションする「リョージ」とロケットで移動する「コータ」

「量子テレポーテーション」を理解するにあたって難解だと思われるのは、量子力学そのものを正しく理解することと、離れた場所で元の量子が完璧に再現されるという概念を理解することである。量子テレポーテーションは、二つの地点にある量子の間で影響を与え合うEPRペアという状態が鍵を握る。量子の性質や、SFで登場するテレポーテーションと「量子テレポーテーション」の違いなどをどうやって説明するかが、卒論のポイントとなった。

 上田さんはまず、4月から11月までに学んだ内容を、文章と数式でA4の紙6枚にまとめた。そこで玉木教授から「漫画にしてみたら?」という助言を受け、どう漫画に落とし込めばいいかと知恵を絞った。近未来の地球から1万光年先にある惑星へ量子テレポーテーションする主人公「リョージ」と、ロケットで移動する「コータ」を対比させている。2人が再会したところで、それぞれの見解を語り合うというストーリーを考え、年末年始にかけて一気に28枚の漫画を描き上げた。

「地球ではない星」をどう描くか

「量子は移動したのでなく、再現されているということをどうすれば分かってもらえるのか……。量子力学について全く知らない人にも理解してもらうため、効果的なストーリーと人物を考えました。一番力が入ったのは、『地球ではない星』の雰囲気をどう描くか。ずいぶん、時間がかかりました」

最も時間をかけた1コマ。「地球じゃない星」をどう書くか苦心したそう
最も時間をかけた1コマ。「地球じゃない星」をどう書くか苦心したそう

 漫画の卒論は、2月中旬に行われたプレゼンテーションで発表され、同月下旬に提出した。評価は5段階で最高の「5」。玉木教授は「とにかく、素晴らしい仕上がり」と絶賛する。卒論を漫画で描いたことには大きな意味があるという。

「数式は通常、世界観・イメージと、定量的なもの・数値を表現しています。卒論の冒頭に書かれた文章と数式を読めば後者については分かりますが、前者の『イメージ』はなかなか理解してもらえない。量子力学はイメージをつかむのが大変です。だからこそ、漫画のエキスパートである上田君に、これらを分かりやすく説明してほしいと、お願いしました。彼ならできると思ったのです」

卒論を手にする上田さん
卒論を手にする上田さん

「何だか、よく分からない」と思われがちな量子力学を明解に説明した上田さんの卒論は、玉木教授の研究仲間からも賞賛を受けたらしい。

「上田君が4月からこの分野の勉強を始め、ここまでの理解に到達したことは驚きです。分かっているからこそ、漫画に描けるのだと思います。卒論を読めば、彼の理解度が深いことは分かります」

 大学4年間の勉強とサークル活動の成果を融合し、ユニークな卒論を書き上げた上田さん。聞けば、自動車部品メーカーでの業務内容はソフトウェアの開発とのことである。漫画とは無縁の道に進むが、心残りはないのだろうか? もったいない気もする。「漫画家になりたい」と考えたことはなかったのだろうか。

「漫画は好きですが、仕事にするとなると厳しい。私はアイデアが、いくらでも湧いてくるタイプでも、延々と絵を描くことに没頭できるタイプでもありません。もし、仮に漫画家になれたとしても、楽しく漫画を作ることができなくなるだろうと考えました。だから、趣味の範囲で続けていきます。仕事と両立できるようにしたいのです」

読んだ人が元気を得られるような作品を

 4月からは新入社員として忙しい日々が待っているのだろうが、何とかワーク・ライフ・バランスを実現して、可能な限り漫画を書き続けてほしいものだ。上田さんは「今のところ、次のテーマは見えていないけれど、読んだ人が少しでも元気を得られるような作品を描きたい」という。社会人として成長していく過程で生み出される「次作」に期待したい。

※写真/筆者撮影

※「富山大学工学部知能情報工学科・玉木潔教授研究室」のホームページ。上田さんの卒論を公開中

http://quantum.eng.u-toyama.ac.jp/Quantum.html

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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