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私たちが必ず取りこぼす声のことも

小川たまかライター
2019年11月11日に東京で行われたフラワーデモ(筆者撮影)

 110年ぶりの大幅な改正となった2017年の性犯罪刑法改正から3年。当事者団体らが、さらなる改正に向けた目標の年と考えていたのが2020年だ。

 2017年に改正見送りとなった項目などに関して、さらに改正を検討する検討会の設置が先月末に発表された。この発表は喜ぶべきことだ。その一方で、考えておきたいこともある。

 この3年を振り返るとともに、取りこぼされる声の存在についても書いておきたい。

・「厳罰化」という報じられ方への違和感

  3年はあっという間だった。2017年7月、性犯罪刑法が110年ぶりに大幅に改正。この改正は大きく報じられたが、改正を求めてきた支援者や当事者らは、「大きな前進。しかしまだ足りない」と捉えていた。

 「厳罰化」という報じられ方に違和感を持っていた人も少なくない。「適正化」もしくは、適正にもまだ足りない。異口同音に、苦笑混じりにこんな声を聞いた。

 量刑が3年以上から5年以上となり有罪となった場合に執行猶予がつきづらくなったことを考えれば、たしかに「厳罰化」の表現は間違いではない。

 しかし2017年の改正は、もっともわかりやすく、変えやすい部分だけが変わっただけとも感じる。議論となった9項目のうち、改正されたのは3項目。一部改正されたのが1項目

 時効、性交同意年齢、暴行・脅迫要件などの問題は見送り、また地位・関係性を利用した性的行為については、監護者による性的行為という、非常に狭い範囲にとどめられた。

・大きな転機だった2017年

 2017年7月の改正以降に、何があっただろうか。

 まず、ご存知の方は少ないかもしれないが、2カ月後の9月には、さらなる改正を求める被害当事者らを中心とした団体、一般社団法人Springがキックオフイベントを行った。

 代表理事は、性暴力被害者支援看護職(SANE)の資格を持ち、実父からの性虐待経験を公表している山本潤さん。

 キックオフイベントには、この年の5月に初めて記者会見を行った伊藤詩織さんも登壇した(彼女が訴えた性暴力が刑事事件で「不起訴相当」であると結論づけられた翌日だった)。

 そしてこの年の秋以降、「#metoo」が大きく報道され始めた。詩織さんの記者会見と、刑法改正。性暴力に関する大きなニュースが2つ続いたあとで、さらにこの年は#metooがあったのだ。報道量が一気に増えたと感じた。

・2019年にはフラワーデモが始まる

 さらに、2018年には福田淳一財務次官(当時)のセクハラ事件があり、メディアの中で起こるセクハラについて女性記者たちが自らの経験を発言し始めた。

 2019年は、3月に性犯罪の無罪判決が4件連続して報道されたことが大きな話題となった。特に、名古屋地裁岡崎支部での判決、「実父による19歳娘への性虐待が無罪」が与えたインパクトは大きかった(控訴審で有罪)。

 これがきっかけで毎月11日にフラワーデモが行われるようになった。最初は東京・大阪など大都市が中心だったが、次第に全国の地方都市でも開かれるようになった。

 フラワーデモでは性被害当事者が自分の経験を語ることが少なくなかった。子どもの頃の被害、大人になってからの被害。警察に行っても捜査できないと言われたこと。検察の不起訴という判断。周囲からの無理解。そのような経験が、当事者の口から語られた。当然、報道も増えた。

 関心を持たれづらかった刑法に関する解説が、新聞・テレビで繰り返し行われるきっかけともなった。

・性被害当事者の声を妨げてきたもの

 暴行・脅迫や抗拒不能といった構成要件が被害者にとってハードルが高いことや、性交同意年齢、時効の問題点。

 これらは2017年の改正時にも論点とされていたが、報道や社会的な認知度はむしろ改正後からの3年間で増加しただろう。複数の大学で始まった「性的同意」を考える取り組みもじわじわと広がっている。

 把握されている件数で単純比較すれば、日本は性犯罪が少ない国だ。そして司法や警察への信頼感が比較的強い。ジェンダーギャップ指数の順位はかなり低いが、それゆえなのか「露出の多い格好をしている人が被害に遭う」といった「強姦神話」は根強い。

 こういった背景は、これまで性被害当事者の声を妨げる理由となっていた。

 性犯罪はあってはならないこと、しかし日本で性犯罪に遭っても警察に相談すれば適切な対応が受けられるはずだ。そう思っていた人は多いだろう。さらには、私のように性暴力の取材を続けるライターの元には、ときどき「女が被害を訴えれば冤罪でも捕まる」「女が何がなんでも被害者という風潮が許せない」といった声さえ寄せられる。

 これまで、被害当事者や支援者が見てきた景色は違うものだった。「警察に行けば加害者は逮捕される」、そう信じていた被害当事者が現実に被害届の不受理に遭ったときのショックは計り知れない。被害者は二重に社会から裏切られる。

 以前からこのような現実を訴えてきた人がいた。2017年の刑法改正、そして2019年の無罪判決で、その認知はさらに広がった。

・求められた「冷静」や「明るさ」

 2017年の改正時、必要であれば3年を目処に見直しを検討すると決まった。その後の3年間、改正を求め被害当事者団体らは署名や要望書提出、全国をまわるキャンペーンなどさまざまな活動を行ってきた。

 そして2020年3月、世論や報道にも後押しを受け、悲願だった検討会の設置と、その検討委員に性被害当事者が加わることが叶った。

 発表に伴って行われた国会内での会見で、被害当事者である山本潤さんが委員に選ばれた理由を問われた森まさこ大臣は、山本さんが大臣直轄の勉強会メンバーであったことなどを挙げ、「ご自分の被害体験ではなく多くの方の被害体験を知見として積み重ねていらっしゃる」「冷静に法改正について議論できるというふうにお見受けをして」と語ったという。

 私自身、3年間にわたる一般社団法人Springの活動や、それ以前からの山本さんの活動を見ていて、森大臣の彼女に対する評価はもっともだと思う。山本さんは、記者会見や取材でもイベントでも、感情をほとんど見せずに淡々と語ることが多い。取材慣れもしている。

 一方で、これは森大臣の問題ではないが、「冷静に」という言葉に、わずかな引っかかりも感じる。

 山本さんやSpringの一部メンバーは、2017年の改正時から「性暴力と刑法を変える当事者の会」など「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」としてロビイングを続けてきた。

 2017年の改正が叶ったとき、彼女たちはロビイングを通じて接点を持った議員たちにフィードバックを求めた。「私たちの訴えを聞いてくれたのはなぜですか」と。

 そのとき、議員たちの何人かから「君たちはいつも笑っていたよね」「明るかったのが良かった」と言われたのだという。

 彼女たちは確かに明るく前向きだった。被害当事者であり、自身のケアを各自で行いながら、どんな訴えなら耳を傾けてもらえるのか戦略的に探っていた。暗いイメージを持たれがちな性被害だからこそ、イベント会場に飾り付けをしたり花を持ったり、面会してくれた議員への手紙や寄せ書きも忘れなかった。

 ちなみに面会した中には「被害者なの?でも君たち元気そうじゃない」と言い放った議員もいるという。「明るかった」という評価はもちろん褒め言葉だし、心ない言葉よりはよっぽどいい。一方で「冷静に」という言葉と同様、私は少しだけ引っかかるものを感じる。

・必ず取りこぼす声のことも

 ひとつは、これまで被害当事者に「暗い」とか「ただ泣いたり怒ったりしているだけだろう」とか「感情的で話がしづらい」というレッテルを貼ってきたのは誰なのだろうかということ。

 自分の周囲に性被害者はいないと思っている人は多い。そして会ったことがない(と思っている)のに、「暗い」というイメージを持っている。でも本当は、性被害当事者の中には、カウンセリングなどに通いながらも通勤・通学し、一見「普通に」日常を過ごしている人もいる。周囲に悟られないために「普通」に見えるよう努める人もいる。

 「冷静だった」「明るかった」という評価は、これまでの性被害者に与えられていたイメージからのギャップから来るものだったのではないか。

 もうひとつ。これは説明を行うのに少し躊躇する。すぐに理解が得られる話ではないと思う。それでもあえて書くが、「冷静」で「明るい」当事者でないと、議論の場には加えてもらえないのだろうか。話を聞いてもらえないのだろうか。

 もちろん、法務省の審議における検討会の場は、国内で有数の有識者が集まる場だ。議論についての基本的なスキルを身につけていなければならないのは当然のこと。

 しかしロビイングなどの嘆願において、もし感情を見せることよりも冷静さ、暗い雰囲気よりも明るい印象が求められるとしたら。私はそれを酷なことだと感じてしまう。

 これが甘えに聞こえることは承知している。「人に話を聞いてもらう」ためには、相手に合わせることも必要だ。

 それでもあえて言わせてもらえれば、私がこれまで会ってきた被害当事者の中には、冷静でも明るくもない人、戦略的でもない人たちがいた。彼女ら彼らも、辛い被害を経験していた。そしてそれを訴えても、ほとんどの人に耳を傾けてもらえず、孤立していた。混乱していた。その人たちの訴えは、まるで悲鳴のようだった。

 悲鳴では伝わらない。悲鳴を聞いて怖がる人もいる。それでもそれが彼女たち彼たちの真実だった。

 検討会の委員に被害当事者が選ばれたことは、紛れもない前進だ。性暴力被害当事者たちの歴史の中で、今が一番、声が聞かれていると思う。

 だからこそ、もう少し、かなり先になるかもしれない未来の話も。傷つき、弱く孤立している人が、その状況のままで声を聞かれる社会のことも目指していきたい。そうでなければ、必ず取りこぼす現実があるからだ。

 被害当事者が、それぞれの傷つきを抱えながら、自分自身をケアしながら活動をするというのは、とても大変なことだ。さまざまな批判や中傷を浴びることもある。

 そのような活動はしたくない人、したいと思ってもできない人、一度加わっても続けられない人も当然いる。地方より都市に住んでいる方がロビイングしやすいといった物理的問題や、経済的な事情もある。

 この3年でもだいぶ世の中の雰囲気が変わった。しかしそれでも、国の中枢に届く声は「選ばれている」という事実を、自分への戒めとしても確認しておきたい。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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