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NHKの「ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像」を英国の視点で見る 「他人事」にするべきではない

小林恭子ジャーナリスト
ジャニーズ事務所の看板が取り外された(写真:アフロ)

 10月20日夜、NHKがスペシャル枠で「ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像」を放送した。皆さんはご覧になっただろうか。どう思われただろう?

 普段は在英の筆者だが、一時帰国中の最後の夜にNHKスペシャルを視聴することができた。

 筆者にとっては、大変興味深い番組だった。2023年3月に、英BBCが放送したドキュメンタリー番組でジャニー喜多川氏の性加害のことを知って衝撃を受け、今年春、BBCによるその続編を視聴した。この2つの番組の監督でプロデューサーとなったインマン恵氏にも、今夏、ロンドンでインタビューし、この問題に注目してきた。

 今回のNHKスペシャルを視聴して、在英者としてはどうにも歯痒さが残った。先のBBCの2つの番組を通して見えてきた日本社会のある面、そしてメディア自身による「反省」としての自己批判的報道でも感じた歯痒さである。

 筆者の疑問と感想を書いてみたい。

なぜ中立であろうとするのか

 番組は冒頭でジャニー喜多川氏と姉メリー氏の友人の姿を紹介し、喜多川氏の生い立ちを追っていく。なぜ「友人」の話から始めるのだろう?そんな小さな疑問があった。生い立ちを知る人物から聞くしかないのだから、仕方ない?でも、喜多川氏は加害行為を行なった人物なのだ。「良い面も悪いも面も出すべき」ということなのだろうか。作る側に倫理的立ち位置はないのだろうか。それは「真ん中にいる」ことではない(この「立ち位置」は番組の最後になって、ようやく分かるが)。

 少し進んで、フォーリーブスの江木俊夫氏が画面に出る。「いよいよ、大物の真相が暴露されるのか」と期待すると、失望する。とにかく、歯痒い。

 のちの場面でわかってくるのだが、江木氏は自分をスターにしてくれた人物として喜多川氏を今でも尊敬しているし、感謝していると言うのである。

 性加害の犠牲者について話はわかっていても、「それはそれ、これはこれ」とでも言うような態度である。筆者はかなり居心地が悪い思いがした。被害者の方が見たら、どう思うだろう。

聞くべきことを聞いていない

 江木氏のインタビューでは、視聴者が最も知りたいことは、同じグループにいて、すでに性加害行為の事実を書籍化している北公次氏(故人)について、「事実を知っていたのかどうか」だろう。そして、「江木氏は被害にあっていたのか」。

 肝心の質問が聞かれないままに、江木氏は笑顔で喜多川氏に対する敬意を語るのである。

 「そんなことを聞いたら、番組に出てもらえない」?でも、そう言うことを聞くのが報道スタッフの職務ではないか。「ノーコメント」と言う答えで良いのである。席を蹴ってスタジオから出て行っても良いのである。とにかく、聞くことなのだ、視聴者のために。そうしないと、江木氏におもねっているように見えてしまう。彼の発言の主旨を肯定しているように聞こえてしまう。

拭いきれない「他人事感」

 この江木氏の発言の主旨、つまり、「喜多川氏には悪い面(性加害)もあったが良い面もあった(男性アイドルグループを育てた・スカウトの才能があったなど)」という主張は、先のBBCの2つの番組でも紹介されていた。例えば、性加害の話を知っていても、道ゆく人は喜多川氏の「功績」をほめたたえ、元事務所にいたある男性は被害を受けていても「今でも好きです」と言ったり、スターになれるのだったら、性被害に遭っても良いと示唆する男性がいたりする。

 今回のNHKスペシャルでもそのような場面がいくつもあったが、かつて民放に勤めていた男性の昔話でも、非常に「他人事感」がつきまとった。

 この他人事感は、数十年間、喜多川氏の性加害を止めず、気づかず、事務所のアイドルを使い続けたことへの反省を表明した日本のメディアの幾つもの記事にも(全部ではないが)滲み出ていた。

 自分ごととして、どうして考えることができないのだろう。

 例えばだが、「悪い面もあったけれど、素晴らしい面もあった」と公に言う人は少し考えてみていただきたいのだ。まず、この問いをしてみてほしい。

 「もし喜多川氏が生きていたら、自分の子供を彼の元にやりますか?」と。

 「スターになれるのだったら、構わない」と答える方がいたら、「本当に?」と聞き返したい。

 英国で被害者が出た事件についてのキュメンタリー番組が放送される時、そこには被害者側に心を寄せる制作側の姿勢がある。ふらつかない。

 喜多川氏によるいわゆる「ジャニーズ事件」が発生し、それが長く続いたことの一因には、「倫理観の欠如」もあるのではないだろうか。何が正しくて、何が正しくないのか。大人が何十年も年少者に性加害を行なっていたーこれは犯罪だろう。「いたずら」などではない。「いい面もあったね」と思い出を語り合うような話ではないだろう。

最後は・・・

 番組には、ジャニーズのタレントで被害者になり、亡くなった男性の姉の方が出演する。謝罪を求めて、新会社に電話すると、ひどい対応を受ける。「なぜ謝罪するのかわからない」と言われてしまうのだ。筆者は絶句してしまった。

 番組は、のちに新会社の東山氏が姉と面会し、謝罪したことを伝える。

 最後は喜多川氏の加害の傷とその深さを視聴者に強く印象付ける番組となっていた。制作側が彼女に心を寄せていることを明確にした。

 皆さんにも、ぜひ見ていただきたい。将来、このような事件を発生させないために。大人が責任を取るためにも。その責任の取り方は、真実を話すことだろう。

 「あなたは、自分の子供を喜多川氏に預けたでしょうか?」

 この問いを繰り返しながら、自分ごととして考えてみるべきではないか。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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