お正月読み物シリーズ「知っておいて欲しい著名判例:飲酒運転等に関する法律を変えた判例」-弁護士が紹介
1990年頃から下がり続けてきた交通事故による死者数が、昨年ついに67年ぶりに4000人を切る水準となったことがニュースになりました。
昨年の交通死3904人=67年ぶり4000人下回る―高齢者54.8%・警察庁
しかし、これだけ事故数が減ってきたのには、悲惨な事故が起きる度に刑法や道交法等の法改正が促されてきたという背景があります。
もちろん、単に厳罰化すればよいという話ではないですが、事件の度に、厳罰化も含めて改めて悪質な交通事故についての非難やそのような行為を戒め、予防する世論が形成されてきたことが、結果的に交通事故の少ない文化を形成してきたのかと思います。
そこで、悲惨な事故による犠牲を無駄にしないためにも、特に議論を巻き起こし、法改正に影響を与えた判例を改めてご紹介します。
東名高速飲酒運転事故(1999年11月28日発生)
事案の概要
大型トラックの運転手であった被告人は、1991年11月28日午後3時30分頃、東京都世田谷区砧公園一番地先の東名高速道路を、川崎方面から用賀方面に向かい時速約60~70kmで走行中、それまでの道中でウイスキー1瓶(280ml)とチューハイ1缶(250 ml)を飲んで真っすぐ立つことができない程に 飲酒していたことから、前方不注意で運転操作が困難な状態に陥っており(事故直後の検査で呼気1リットルにつき0.6mgの攻防度アルコールが検出)、自分の前を走る乗用車が、渋滞のために減速していることに気が付くのが遅れて衝突し、当該乗用車の後部に乗り上げてしまいました。
そして、衝突された乗用車は炎上し、乗っていた夫婦及び娘2人のうち、夫婦は何とか炎上する乗用車から脱出・救出されたものの(夫は皮膚移植を要する大火傷)、当時3歳及び1歳の娘2人は悲鳴を残して炎上する車内に取り残されて焼死してしまうという悲惨な事故となってしまいました。
しかも、被告人は、過去にも交通事故により3回も罰金刑を科せられており、また、事故直後、「何で止まったんだ。急に止まるからぶつかったんだ」、「酒なんか飲んでいねえよ。風邪薬飲んだだけだ」等と文句を言うほど規範意識が欠如しており、また、当初、被害者らとの間で示談を成立させる努力を全く行っていないどころか謝罪文の一通すら送ろうとはしていませんでした。
このような事案において、被告人に対してどのような罪が言い渡されるかが注目されました。
判決
被告人には、懲役4年の実刑が科され、検察官側が控訴するものの棄却され、刑は確定しました(平成12年6月8日東京地裁判決・平成13年1月12日東京高裁判決)。
考察
本件では、何の落ち度もない被害者夫婦らに傷害を負わせただけでなく、亡くなった二児については、それぞれ3歳及び1歳という幼さで、人生の楽しみをほとんど知ることのないまま、突然の炎に身体を焼かれて命を奪われてしまったのであって、被害児童やその両親の悲しみや憤りの大きさは計り知れません。
もちろん、被告人に重たい罪が科せられたからといって、被害が回復するわけではありませんが、それでも被告人には、せめて納得のいく責任をとってもらうべきというのが、正常な被害感情です。
これに対して、常習的な飲酒運転により、2人の命を奪った行いに対して、わずか4年の実刑判決というのはあまりに軽すぎるのではないかとの批判が相次ぎました。
しかし、当時、飲酒運転を含めて、自動車事故に対する刑事罰としては、刑法第211条の業務上過失致死傷罪しかなく、その法定刑は最高で5年以下(本事案では加重して7年以下)の懲役刑でした。
法定刑がこのような前提となっている以上、同種事案の量刑の公平を考えると、懲役4年の実刑判決が特段不当とは言えないという結論になったのです。
この点について、東京高等裁判所は、被害者らの感情や国民からの意見を重視すべきことは当然であるが、一方、刑事司法としては、処罰の公平性を損なうことはできず、もし重大な事故を起こした被告人に対して、現在の業務上過失致死傷罪の量刑の範囲で処断することが相当ではないという問題があるとすれば、それは、飲酒運転等により死傷事故を起こした場合に関する特別類型の法律の新設や改正といった立法的な手当をするのが本来のあり方であると述べました(三権分立下において、司法機関の裁判所が立法の在り方を口にするのは異例)。
裁判所としては、被害者や国民の意見を重視したくても、法律の枠内でしか判断ができない悩みを抱えているわけです。
ただ、このような裁判を通じて、世論が形成されていき、事故から二年後には、刑法改正案が国会で成立し、飲酒運転等について、当時の法定刑で最高15年(加重されると20年)にまで厳罰化された「危険運転致死傷罪」が新設されました(現在は自動車運転死傷行為処罰法に規定)。
そして、改正法案が成立した2001年11月28日は、ちょうど幼い被害児童の二度目の命日でした。
福岡海の中道大橋飲酒運転事故(2006年8月25日発生)
2001年に新設された危険運転致死傷罪の適用が問題となった事案で、一度聞けば忘れられない事件があります。
事案の概要
被告人は、2006年8月25日、午後5時頃に勤務を終えてから、午後10時35分頃まで、スナック等を複数軒はしごして飲み歩き、缶ビール1本(350ml)、焼酎ロック(約500ml)、ブランデーの薄い水割り数杯等を飲んだ後、ナンパをしに行こうと飲酒運転をし、午後10時48分頃、制限速度50kmの「海の中道大橋」を時速100km程度で走行していたところ、進路前方を時速40km程度で走行中の乗用車に追突してしまいました。
そして、追突された乗用車は橋の欄干を突き破り、そのまま博多湾に転落してしまい、その後、乗車していた夫婦は何とか車内から脱出した上、車内に取り残された3人の子供(当時4歳、3歳及び1歳)を助けるために何度も海中に潜って1人ずつ引き揚げたものの、子供達は全員溺死してしまうという悲惨な結果となってしまいました。
他方、事故を起こした被告人は、自分が運転していた車両が事故により故障してしまったために、やむをえず事故現場から300m程離れた場所に停車させたものの、その後も被害者を救護したり警察に連絡したりすることもなく、むしろ、仕事を失いたくないという自己保身の気持ちから、友人に身代わりを頼む電話を掛けたり、浅はかにも水を大量に飲んで飲酒検知の数値を下げられるのではと試みたりしていました。
このような事案において、特に、新設された危険運転致死傷罪が適用できるか、あるいは、従来通りの業務上過失致死傷罪の適用に留まるのか、当時被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行していたといえるのかが争いとなりました。
判決
第一審では、被告人が酒に酔っていたこと認められるものの、アルコールの影響に見られやすい蛇行運転や居眠運転には至っておらず、その他未だ相応の判断能力を失っていなかったことをうかがわせる事情が多数存在することからすれば、被告人が、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったとまでは認定できないとして、むしろ事故原因は被告人の脇見運転にあるとして、業務上過失致死傷罪を適用し、かつ、同罪を加重した中では最高刑に当たる懲役7年6月の実刑を科しました(平成20年1月8日福岡地裁判決)。
これに対して、第二審では、第一審が認定した事実関係について、さらに詳細な検討を加え、例えば、被告人が脇見運転をしていたという事実について、約12秒もの長時間脇見運転をしていたという被告人の供述を不自然であると排斥し、また、アルコールが人体に与える影響を慎重に検証した結果、当時被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で乗用車を運転していたことを認定し、危険運転致死傷罪を適用し、懲役20年の実刑を科しました(平成21年5月15日福岡高裁判決)。
その後、被告人が上告しましたが、棄却され、懲役20年の実刑判決は確定しました(平成23年10月31日最高裁決定)。
考察
本件では、飲酒をしつつ大幅に速度超過した運転の結果事故を起こしつつも最低限の救護活動すらしていない被告人に対して、亡くなってしまった児童は、この日は両親に連れられて昆虫採集に出かけた帰途、被害車両内で眠りについていたところを被告人車両に突然追突されて、乗っていた乗用車ごと真っ暗闇の海中に放り込まれ、おそらくは何が起こったのかさえ分からないまま意識を失い、溺水の苦しみの中で尊い生命を絶たれ、また、何とか生き残った両親についても、本件事故によって味わった恐怖、苦痛は計り知れず、事故直後に三児の命を救うべく海中で必死の救助活動を行う中で体験した不条理で残酷な極限的状況には想像を絶するものがあり、被告人にどのような罪が言い渡されるかが大変注目されていた中での判決でした。
また、危険運転致死傷罪を適用するには、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行していたことが立証されなければならず、他方、同罪が適用にならない場合には、従来の業務上過失致死傷罪しか適用にならずに両罪の軽重の差が大きすぎることが議論されていたところでした。
本件では結局、危険運転致死傷罪が適用となりましたが、本件事故以降、さらに飲酒運転の社会問題化の議論が進み、刑法に自動車運転過失致死傷罪を新設(最高刑は懲役7年以下。現在は自動車運転死傷行為処罰法に規定)、道路交通法上の飲酒運転に対する厳罰化(懲役3年以下⇒5年以下)及び救護義務違反に対する厳罰化(懲役5年以下⇒10年以下)等の法改正が進みました。
さらに、2014年5月20日、自動車運転死傷行為処罰法(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律)が施行され、飲酒運転等による危険運転について、危険性の程度に応じて2段階に分けて処罰規定を設けることで、より実態に合った処罰を可能にし、また、飲酒運転をしていたことが発覚することを免れる行為への処罰規定や、無免許運転による加重規定も設けられました。
最初に申し上げたとおり、単に厳罰化すれば良いということではありませんが、実態に即した処罰が可能になり、また、このような法改正を通じて交通事故に対する議論や理解が進んで行くことで、以前に比べて悲惨な事故が減っている事実は評価できるかと思います。
そして、そのきっかけを与えてくれた事故の被害者の方々の冥福をお祈りいたします。
※本記事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。