自分らしく生きたい。「男・女らしさ」の固定概念を疑い続けて見えてきたこと #性のギモン
「若いから、チヤホヤされておいで」。営業職に異動する際、男性の上司にかけられた言葉を聞いて、出版社に勤めていた西野芙美さん(32)はショックを受けた。子どもの頃から「女らしさ」の押し付けを感じてきた西野さんは、その後、求人広告で見つけたTENGAに転職した。「セルフプレジャーアイテム」と呼ばれる自慰行為の補助器具を製作・販売する会社だ。「性差別が起こる理由は、人々に刷り込まれた『男・女らしさという型』を他人に押し付けること」。そんな思いから、西野さんは東京都内を中心に性に関連する識者を招いたイベントを開催したり、他社のイベントにも精力的に参加したりしている。彼女が考える「性」のありようとは。
・男/女らしさと固定概念への疑問
2017年に東京・麻布十番にあるTENGAに入社した西野さんはいま、社の広報を担当するPRマーケティング部長を務めている。部長としての職務の他に、趣味で同人小説の執筆もしている。
西野さんは、幼い頃から好奇心旺盛な子供だった。好奇心からよく相手に質問し、返事が返ってきても、すぐに「そうなんだ」と納得することはなかったのだという。
「例えば、学校の決まり事。スカートの長さだとか、ネクタイをしろみたいなことが、納得する理由で返って来なかったんです」
また、「小さい頃から(女の子らしいと)勘違いされたり、勝手に(おとなしい性格だと)決め付けられたりすることが、よくあった」という。なぜ「男らしさ」や「女らしさ」を押し付けられるのか。彼女はその背景にあるものを探り続けている。
例えば、「私はピンクのフリフリとか好きだったんですよ。でも、性格が『女の子らしくなかった』んですね。おしとやかなわけでもなければ、人の後ろを歩くタイプでもないんです」という。「思春期のころは、付き合っていた彼氏や女友達に『想像と違った』ってよく言われました」。西野さんが彼らの想定にある女性らしいコミュニケーションを取らなかったからだ。西野さんは過去の友人らとの交流についてこう語っている。
「(男子受けする女子の対応として)よく『さしすせそ』とかって言うじゃないですか。さすが、知らなかった、すごい、センスいい、そうなんだって。私は『そんなこと分かり切ってんだよ』ってことに、わざわざすごいとは言わないんですよね」
・社会と折り合いを付けなければならないのか?
「外見だけ好かれて『イメージと違った』と言われるのは、やっぱり思春期の私はショックだったし、女らしく生きてみんなに愛される道か、自分らしくして孤独に生きるしかないのだろうかって極端な選択を(自分に)迫ったこともありました」と振り返る。しかし、その後、学校の先生に「(周りから浮いていても)それはあなたの魅力だから」という言葉をかけてもらったことで、「ウジウジしてる自分ダサい」と開き直るキッカケになり、もやもやした思いをきっぱり吹っ切ることができたという。
社会と折り合いを付けることと、折り合いをつけることをやめて「なぜそうなっているのか」を追求していくことは相反する。西野さんはTENGAに入社する前に働いていた出版社で起きた出来事を転機に、誰もが「自分らしく」生きられる社会を目指すため、セクシュアリティやジェンダーの領域での活動に心を燃やし始める。
・らしさの押し付けは人の尊厳を奪う
転職のきっかけは、前の会社で「性差別」と感じた経験だった。営業部への異動の発令の際、営業部の上司から言われた「悪意のない」言葉が彼女を失望させた。「若いから、いっぱいチヤホヤされておいで」
「私がこれまで築いてきたキャリアとか、頑張りとかって関係なくて。若い女としてしか存在意義がないのかなと思った」と西野さんは振り返る。
そういった言葉が当たり前のように交わされる職場の雰囲気。西野さんは「こんなのはおかしい、どうにかしたい」と感じ、社の重役に訴えた。そのあと、社内には不穏な空気が流れたという。
「上司本人から謝罪がありました。でも、『時代的にそういうのはアウトらしいから、形だけ謝っておこう』っていうだけでは意味がない。重役の振る舞いから察するに、今後も容姿や年齢、性別によって職務が規定されてしまうだろう」と西野さんは感じたそうだ。
そんな時、転職サイトでTENGAの求人広告を見つけた。そこには社のビジョンがこう記されていた。「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えてゆく」
「(上司の言葉のような)らしさの押し付けは人の尊厳を奪う、と痛感したころでした。他者を尊重するには、もっと原始的で根源的な、ベッドの中での体験が必要なんじゃないかと直感的に思いました」
西野さんは、転職に踏み切った。その後、彼女のジェンダー、セクシュアリティに関する思いは、どう変化したのだのだろうか。
・性に関する情報を発信していく意味
TENGAグループは、男性用、女性用それぞれのセルフプレジャーアイテムの製作、販売のほか、メディア向けニュースレター「月刊TENGA」の発行や中高生向けの性教育サイト「セイシル」を運営している。
TENGAは、日本で初めて百貨店でセルフプレジャーアイテムの販売に成功した企業であり、代表する製品であるTENGAは街の薬局でも購入できる。TENGAはセルフプレジャーアイテムの認知を広げ、人々の見方を変えてきた。
西野さんが編集に関わっている「月刊TENGA」は毎号、性についての意識調査を実施している。恋愛や性についての意識をシニアに聞くこともあれば、一級建築士と共に「性生活を充実させるための間取り」について提案する月もあり、性に関する情報や新たな可能性を開拓し続けている。
また、「セイシル」では男女の体の構造や性感染症の基本的な知識、マスターベーションの普遍性などを中高生にも受け入れやすいように漫画で解説している。西野さんは社内でのそれらの活動に加え、社内外で開催される性に関するイベントでのトークゲストやパーソナリティを務め、性に関する情報を発信するようになった。
こうした社の事業や自身の活動に、西野さんは手応えを感じているという。「時代が変わってきた、という実感がありますね。雑誌などでは私が入社した2017年頃は『sexは取り扱いますがオナニーは載せません』ということもあったくらいです。それが今やフェムテックって言葉が世の中に広がり始めて、女性の心身を健康に保つためには、セルフプレジャーや性交渉っていうのは大事なんだなっていう捉え方をしてくださる人がすごく増えました」
(フェムテック=Female(女性)とTechnology(技術)を掛け合わせた造語。女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決できる製品やサービスのことを指す。月経周期予測アプリや、産後ケアサービス、セルフプレジャーアイテムなど)
「月刊TENGA」45号(2022年6月発行)に掲載されたアンケートからは、西野さんが変化を感じているという性意識の現状が見て取れる。20代から50代までの男女800人に、「社会通念上、男性が性について話すことはよくないことと感じる」、「社会通念上、女性が性について話すことはよくないことと感じる」という2つの問いを示し、当てはまると思うか思わないかを聞いた。前者について「当てはまる」は5.3%だったのに対し、後者について「当てはまる」は22.5%と、17.2ポイントの差がついた。女性が性について話すことを「らしくない」と否定的にとらえる人の方が多いことの表れだ。ただ、これは裏を返せば、女性が性を話すことを否定的にはとらえていない人が8割近くいると見ることもできる。
・「らしさの押し付けがない社会」を目指したい
西野さんの活動の根底には、「らしさの押し付けがない社会」を目指す思いがある。その理由は、彼女が幼い頃から母親に連れられて通った図書館で読んだ本、触れてきた多くの創作物、学生時代に学んだ近現代史から得た性の知見や、自身の好奇心からきている。性差別と思わせる体験で心に痛みを感じたことが、性に関する情報発信をする活動のきっかけとなった。西野さんは、その思いをこう語った。
「私は目の前の人と真摯(しんし)にコミュニケーションがとりたくて。相手が男らしいか女らしいかは必要ないんですね。ただ人として相手を尊重したいっていう感じに思っています」
クレジット
監督/撮影/編集/記事:菊地 優逸
プロデューサー:伊藤 義子 金川 雄策
アドバイザー:庄 輝士
撮影協力:株式会社典雅
株式会社サイゾー(CYZO Inc.)
株式会社パルコ