ファンタスティック・ビーストの魔法動物はマグルの世界で飼える? どうぶつの専門家に聞いてみた
4月8日に映画『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』が公開される。
ハリー・ポッター魔法ワールドの最新作で、ホグワーツ魔法魔術学校の教科書である『幻の動物とその生息地』を記述したニュート・スキャマンダーを主人公とした本作。
魔法動物の専門家として知られるニュートが主人公ということもあり、作中には多くの魔法動物が登場するが、専門家から見ると魔法動物はどんな生物として映るのだろうか。
どうぶつ科学コミュニケーターとして活躍する大渕希郷(おおぶち まさと)氏に、専門家から見たファンタスティック・ビーストの世界を語ってもらう。
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■ニフラーはマグルのペットには向いていない
ーー今回は『ファンタスティック・ビースト』シリーズに登場する魔法動物を、動物専門家の立場からご解説いただければと思います!
1匹目は、作中でもっともよく登場する「ニフラー」です。地下6メートルあたりに住み、宝石やコインなど光るものを集めます。
光るものが好きな生物は多いです。特に鳥は集めたがることが多いですね。
鳥は脳が発達しているものが多いので、中にはニフラーのように光るものを集めて遊んだりするものもいるんですよ。
ーーマグル(※)がニフラーを飼う場合は、光るものをどんどん与えればよいのでしょうか?
※マグル:魔法が使えない人間を指す用語。今回のインタビュー相手の大渕先生および聞き手のまいしろはいずれもマグル
ニフラーのお腹のポケットの容量がわからないので難しいですね。
私の体験でいうと、タイのカニクイザルは光るものが好きで、中には金属の仏像を集めて、ほお袋にどんどん溜めてしまうのもいるんですよ。
そのせいで、ほお袋が大きく垂れ下がってしまったサルがいるんです。
これは健康にはよくないと思います。だから、専門家としてはニフラーに光りものを与えるなら、まずは適切な量を探り、それに沿って与えるべきだと考えます。
ーー確かに、魔法動物だとしても飼育は適切にするべきですね。
それから、ニフラーに限らず、動物を飼うときは「動物福祉」に配慮する必要があります。
動物福祉とは「ヒトに利用ないし飼育される動物の側の立場からみて幸福な暮らしを実現する」こととしている文献(※末尾参照)があります。
具体的な方法としては、「その動物が野生の環境で行なっている行動のレパートリーとその時間配分をできるだけ再現する」ということです。
ニフラーでいうなら、地下6メートルに住んでいるので、その状態を再現しないといけません。ただ、単に土の中で飼っているだけでは、ニフラーを飼っているのか、土を飼っているのかわからないですよね。
ーーニフラーがいてもほとんど見えないですよね。
観察もしたいのであれば、動物園のプレーリードッグの展示のように、コンクリートに土を入れて、一面だけガラスにするなどでしょうか。
『ファンタスティック・ビースト』にはいろんな魔法動物が出てきますが、ニフラーはそのなかでもけっこう議論を呼ぶ動物だと思っています。
ペットは大きくわけると愛玩用と観賞用に分かれますが、ニフラーはどちらにも向いてないんですよ。
ーーお茶目でかなり人気がある魔法動物なのですが、マグルには飼育が難しいんですね。
もっといえば、ニフラーは「光りものを持っているのが好き」なのではなく、「光りものを探すのが好き」な可能性があります。
その場合、わざと光りものを隠して、ゲームのように探させる必要も出てきます。
ーーただ飼うだけではなくて、楽しませてあげる必要があると。
(マグルの世界では)動物園の動物は、毎日同じところで同じ生活をしています。
なので、動物がヒマになりすぎて、同じ場所をぐるぐる回ってしまったり、おかしくなったりするんです。
それを避けるために、たとえば最近の動物園では、わざとエサを隠して動物に探させることがあります。野生の動物は、エサを探すという行動にも時間を割くはずだからです。
このように、本来の行動や時間配分を引き出すための試みを、「環境エンリッチメント」と呼びます。ニフラーにもこれが必要でしょう。
ーー『ファンタスティック・ビースト』シリーズの主人公であるニュート・スキャマンダーは、本来なら地下に住むニフラーを地上で連れ回しています。
それは動物福祉に反してますよね。
常に地下にいる魔法動物であれば、地下にいさせておいて欲しいです。
ーー人気の高いニフラーですが、マグルが飼うにはハードルが高いことが痛いほどわかってよかったです。
■ボウトラックルはDNA調査しないと植物か動物かわからない
ーー続いての生物は、ボウトラックルです。緑の小枝のような見た目ですが、ワラジムシが好きだそうです。
これは植物なのか、動物なのかなんなのでしょうか?
これは、ひとつの可能性として、植物と動物が合体した生物なのかなと思っています。
ーーそんなパターンが……!
植物というのはそもそも、はるか昔に「藍藻」という光合成をするバクテリアを体の中に取り込んだ生き物たちなんです。取り込まれた藍藻類は、植物細胞の中で「葉緑体」として機能しています。
そしてさらに、その「藍藻を取り込んだ植物」を取り込んだ生き物が結構います。
ーー体の中に生きた植物がいる動物ということですね。
有名なものだとサンゴですね。サンゴは動物ですが、体の中の藻類に光合成をさせています。
また別のパターンとして、ウミウシの一種は、海藻を食べて、その中の葉緑体だけ消化せずに自分の体の中で使っています。
ーー植物と動物は全然違うものだと信じていたのですが、意外と境目があいまいで驚いています。
ただ、ボウトラックルの場合は実際に体の構造やDNAを調査しないと、どこに属するかはわからないですね。
光合成するかどうかもはっきりしないですし……。
ーーマグルの生物研究に一石を投じる生物ですね。
見た目だけでいくと、海にいるワレカラという生物に似ていますね。
節足動物で海藻に化ける生物です。
なので、ふたつ目の可能性としてボウトラックルもただ単に植物に化けているだけかもしれません。
ーー見た目はかなり近いですね! ニュートはボウトラックルをポケットに入れて持ち運んでいますが、ワレカラのような生き物をポケットに入れて大丈夫なのでしょうか?
潰れちゃったり、あるいは蒸れに弱いとかあれば、かなり問題になりそうですね。ニュートじゃなくても、誰でもやめた方がいいです。
ーー肝に銘じます。ニュートはボウトラックルに限らず、いろんな魔法動物を手なずけていますが、「どんな動物にもなつかれる人」というのは実在するのでしょうか?
動物に好かれる人、嫌われる人というのは実際にいます。
種類によりますが、たとえば目線を動物の高さにあわせず、小さな動物に立ったまま近づくと、怖がらせちゃうんですね。
ニュートは専門家なので、そういう魔法動物の嫌がることをわかっていて、きちんと避けているんだと思いますよ。
ーーニュートがたくさんの動物を飼育できるのは、努力の賜物なのですね。
■ヌンドゥは飼わない方がいい
ーー『ファンタスティック・ビースト』には危険な魔法動物も出てきますが、その筆頭がヌンドゥです。
ヌンドゥはヒョウのような見た目で、吐く息に毒があり、村ひとつを絶滅させることができます。我々にヌンドゥは飼えるのでしょうか?
(笑)。どうしようもないですね、密閉するしかないんじゃないかな……。
ーー密閉したら飼えるのでしょうか?
密閉して、フィルターを通して空気を出し入れするしかないですよね。
あるいは、ヤドクガエルのような生き物であれば、フィルターなしで飼育できる可能性はありますね。
ヤドクガエル類は中南米に生息しているカエルで、中には両生類最強どころか動物界最強の毒を持つものもいます。
ただ、このヤドクガエルは飼育ができて、特に許可もいりません。野生のヤドクガエルは現地でエサとしている昆虫などの毒を濃縮・変化させて、強い毒にしていると考えられます。
なので、その毒のもとになるエサをあげなければ、毒を作れないんですよ。
ヌンドゥもそのパターンであれば、密閉しなくても飼える可能性が出てきます。もちろん、その他動物福祉には配慮してくださいね。
ーーかなり希望が見えてきました! ヌンドゥが毒を失って、ただのヒョウになれば飼えるのでしょうか?
うーん(笑)。日本だとクマやイノシシが人里に出ると話題になりますが、ヒョウのいる地域では、同じようにヒョウが出ると話題になるんですよ。
ペットの犬が食べられたり、子どもがさらわれたりするんですね。
ヒョウは環境に適応する力が強く、ネコ科で一番成功している大型獣です。飼わない方がいいと思います。日本でも、2019年の法改正で愛玩目的では飼えなくなりました。
ーーヌンドゥ、危ないものと危ないものをかけあわせた魔法動物だったんですね。
野生動物は、いつ牙を向けるかわかりませんからね。小さい頃から飼いならしても、絶対に油断はできないです。
ーーありがとうございます。ヌンドゥの飼育は諦めます。
■ハリポタで悪役にされがちなヘビは本当に人の天敵だった
ーー最後はオカミーという生物です。飾り羽の生えたヘビで、体のサイズが自由に変えられます。体の大きさが変わる生物の場合、どうすれば飼うことができるのでしょうか?
オカミーは、体のサイズを自由に変えられるようですね。「最大サイズの姿でいないと健康を害する」などがなければ、飼いやすいと思います。
ーーオカミーが飼いやすいのは意外です!
私が飼ってきた動物の中でも飼いやすい部類に入ります。それに最大の大きさが5メートルなので、それに合わせたケージを用意すればよいと思います。
ただ、本当にヘビの一種なら、予想できない隙間から脱走することがあります。発信器やマイクロチップを埋め込む方がいいかもしれません。
ーー科学技術で対抗できるということですね。
オカミーはサルが大好きで、サルを見つけるととにかく食べようとします。
これは実際にそうですね。サルにとって、ヘビは天敵なんですよ。
彼らの中には、「ピット器官」という赤外線センサーを持つものがいて、体温のあるほ乳類や鳥類をねらうのが上手なんですね。
6600年前に恐竜が滅んでから、ほ乳類がいろんな姿に進化しました。そのとき、ヘビも(ほ乳類や鳥を捕まえるために)どんどん進化したと言われているんですよ。
ーー『ファンタスティック・ビースト』『ハリー・ポッター』でも、ヘビは闇の生物の代表として登場します。
本当に扱いがひどいですよね!(※大渕先生はヘビが大好き)
でも、本当に天敵なので、サルや人はヘビを見つけるのがうまいんですよ。
赤ちゃんにリンゴや葉っぱなどの絵をどんどん見せる実験があって、ヘビの絵やヘビっぽいものの絵を見せたときだけ、脳が反応するという研究があります。
サルなんかも、ヘビをすぐ見つけます。動物園で働いていた頃、教育イベントで使うヘビを持って、動物園のサル舎の前を通ったんです。そこそこ距離があったのに、サルたちは大騒ぎしていて、すごいなと思いました。
なので、どちらかというと、僕のようにヘビが好きな方が生物的にはおかしいということになります。
ーー魔法動物だけでなく、マグル界の生物についても学ぶことができ大変おもしろかったです! 本日はありがとうございました!
※引用文献:松沢哲郎 1999: 動物福祉と環境エンリッチメント. どうぶつと動物園 51, 3, 74-77
※本記事ではワーナー・ブラザーズ公式サイト「魔法ワールド特集」に倣い、登場するすべての生き物を「魔法動物」として表記しました。マグル世界での分類が定かでない生き物も存在しますがご了承ください。