「無理して学校にいかないで」生きるため不登校に 動画につづった母の言葉#今つらいあなたへ
「学校へ行きたくない私から学校に行きたくない君へ」。2023年7月、こんなテーマで不登校経験者から動画を募った「不登校生動画選手権」が初めて開かれた。入賞者のひとりが、小学4年から中学卒業まで不登校を繰り返してきたTikTokアカウント名 極龍さん(16)だ。「学校行かなきゃって自分の感情をおさえていたら、いつか自殺してしまう」。そこまで追い詰められた自らの体験を、学校に行けずに苦しんでいる人たちに役立ててほしいと応募した。その思いを伝えるには、どう表現すればいいか。自らの記憶と向き合いながら模索した青年と母親の、ひと夏の挑戦に迫った。
<総再生回数1000万ごえ#不登校生動画選手権>
不登校生動画選手権は、不登校引きこもりに関する専門紙を発行するNPO法人全国不登校新聞社とTikTokが共催した。「#不登校生動画選手権」とハッシュタグをつけて投稿すればエントリーとなり、1日でも不登校を経験した人なら何本でも投稿できる。全国から352本が集まり、総再生回数は1000万をこえた。全国不登校新聞社代表の石井しこうさんは「学校に通えなかったことのレアリティー、価値に気づいてほしい」と大会の目的を説明する。
<「学校へ行きたくない私から学校に行きたくない君へ」京都から親子で参加>
動画の募集に先立ち、スマホアプリでの動画の作り方とアイデアを出すための考え方を学ぶワークショップが6月下旬から2週連続で開かれた。約30人の参加者の多くは首都圏に住む9~19歳の若者たちだったが、京都から母親とともにやってきたのが極龍さんだ。
小学4年生で不登校になったのをきっかけに、中学卒業まで不登校と復帰を繰り返してきた。いまは京都府内のフリースクールの高校に通っている。「自分のように不登校に悩む人の役に立ちたい」というのが出場の動機だった。
ワークショップでは笑顔を見せていた極龍さんだったが、参加者が自分たちの経験を元に話し合いを始めると、笑顔が消えた。やがて苦しそうに目を閉じ、体をこわばらせる。隣に座っていた石井さんから「極龍さんはどう?」と話を振られても、声を発することもできない。
極龍さんが不登校になったのは、クラスメートからのいじめが原因だった。経験を話すうちに、当時の記憶がよみがえってきたのだ。その場にいる参加者からも拒絶される恐怖にかられ、声がでなくなってしまった。
頭の中は恐怖と混乱でいっぱいになった。だが、「いま思っていることがあるなら、言ってしまったほうがいい」と石井さんに促され、ようやく声を振り絞った。
「学校に通い続けたことを後悔している」
「人を信じすぎて、結局いじめられた。人を信じない方がいいんじゃないか」
極龍さんは、いじめに耐えきれなくなると学校を休んだ。教師たちはいじめを認識しておらず、何の対策もとることなく登校することだけを求めてきた。教師たちの言葉を信じて教室に戻っても、彼の居場所はなくなっていた。
クラスメートたちには、大人にバレないような嫌がらせをされた。彼らは極龍さんを教室に閉じ込めても、教師には気づかなったと報告した。教師たちはそれを信じ、問題は極龍さんにあると考え、守ろうとはしない。それでも極龍さんは「もう不登校にはなりたくない」と通学を続けた。その挙げ句に抱えてしまったのが、「死にたい」という気持ちだ。
必死に言葉を紡ぎ出した極龍さんに、石井さんは「それはめちゃくちゃ大事なメッセージ」と声をかけた。「その言葉で、最初は悲しみと怖さで出た涙が、うれし涙に変わった」。極龍さんは後日、そう振り返った。
<提出物に書きなぐった「死にたい」母が気づいたSOS>
母の理恵さん(43)にとって忘れられないのは、息子が中学1年の夏に感じた異変だった。息子を玄関で見送ったとき、理恵さんはその後ろ姿に言いしれぬ不安を感じたのだ。
「このまま放っておいたら、この子は消えていなくなってしまうかもしれない――」
晴れた夏空とは裏腹に、学校に向かう我が子の後ろ姿は、いまにも消え入りそうな頼りないものだった。母の不安の通り、極龍さんの胸の中には死にたいという気持ちが渦巻いていた。その気持ちをおさえられず、学校への提出物の裏に「死にたい」と何度も書きなぐった。そんなSOSを出していたにもかかわらず、教師たちは真剣に向き合ってくれない。
家に帰ってきた息子と話をしても、何があったかは口には出さない。それでも「もう学校行くのつらいんやったら、休んでいいよ」と語りかけた。「死んでしまったら何もできない、まずは生きてほしい。生きてさえいれば、なんぼでも勉強だってやりたいことだってできるんだから」。そんな思いで必死だった。そして親子は、生きるために不登校を選んだ。
<「無理してまで学校にいかないでほしい」。動画につづった母の言葉>
選手権に投稿する動画は1分以内と決められている。極龍さんは時間内にまとめようと何度も言葉をつづるが、うまくいかない。試行錯誤するうち、動画をほとんど投稿できないまま締切の7月末日があと1週間に迫ってきた。
近所の絶景スポットを訪れたのは、そんな時だ。住む街を一望できる景色をスマホで撮影した。その夜、母と動画選手権について話している最中に、極龍さんは突然スマホに集中し始めた。母と語らいながら、撮りためた写真を使って一気に言葉をまとめ、動画をTikTokに投稿した。
その映像には、つらかったときに母から聞いた言葉がつづられていた。
「自分も不登校で、学校にあまり行けなくて、親に迷惑をかけたと思っていました」
「無理してまで学校に行かないでほしい、そう思っているのだと聞き自分は嬉(うれ)しかったです」
動画を見て、母の理恵さんは、涙を拭いながら笑った。「覚えていたんやね」。不登校を繰り返す度、どんどん追い詰められていく息子に「学校に通えると自分が喜んでしまい、押し付けていたのかもしれない」という後悔があった。動画を見直して、「『いいね!』10回押したい」とはにかんだ。
<学校に通えていないだけで奪われる青春>
動画選手権を共催した石井さんには、ひとつのこだわりがあった。「不登校」は差別用語であると考え、あえて「不登校生」と冠したのだという。審査では、作品に込められたメッセージ性も重視。石井さんは、「『人は悲しいけれど醜い生き物だ』という経験に根ざした言葉が当事者ならでは」と極龍さんの作品を評価した。
「すごい感動した」。授賞式を終えた極龍さんは、興奮しながら「次は勝つ」と来年への意気込みを語った。そこには、死を望むほど追い詰められた不登校生ではなく、将来に挑戦しようとする16歳の姿があった。
学校に通っていれば、部活動や勉強で、誰かと競い合う青春の舞台はたくさんある。だが、学校に通えていない人にとっては、どれだけあるのだろうか。
認められた喜びと、一番になれなかった悔しさ。両方を味わったこの夏は、極龍さんにとって過去の夏の記憶を塗り替える晴れ舞台になったかもしれない。
【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。
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